ultimate child


1 
 地球の歴史に名を刻むこととなる孫家の長男が誕生した日から、八ヶ月が経った。
 その日も長く切れず霖雨が続き、パオズ山はどこもかしこもしっとりと濡れていた。鹿が頭をもたげて曇天を見渡し、羆の親子が洞窟の中で丸まっている頃、ついでにピッコロも濡れていた。
「・・・孫はいつまで家に篭るつもりだ」
 崖の上から丁度孫家の様子を窺えるいつものポジションに彼は居た。
 修行に修行を重ね孫悟空を凌ぐ力を身に付けるに至ったピッコロは、悟空の妻と子の臍の緒が繋がっていた頃から再戦を望んでいた。だが窓を突き破ろうとしたところ、わっと周囲が沸き、小さな小さな赤子が驚異の場所から産まれ出てきたことで、まずピッコロは出鼻をくじかれた。それから初めての子供に夜も昼も騒がしい孫家に、彼は入るタイミングをことごとく逸することになる。今まで黙っていたのは、緊張と混乱と歓喜が混濁した空間に顔を突っ込めば、きっと何かしらの形で巻き込まれてしまうだろうことが勘のようなもので察知できたからだ。
「もう待ってはやらんぞ」
 赤い小猿の顔をした生き物は、ピッコロの視線の先でずんずんと育っていった。籠の中に納まっていたものは、今や縦横無尽に孫家の床を這いずり回り、何か言葉を発しては祖父や母を狂喜させているようだった。
「今ならば・・・皆寝ているだろう。今度こそ殺してやる、孫悟空」
 呟いた後、笑わなければいけないような気がしてピッコロは星一つ見えない空に向かって軽く哄笑を発した。そして緩んだ崖からひととびで降下すると、玄関の扉を開く。
 開こうと、した。
 ガッ!
 強烈な衝撃が、ピッコロの顔面に甚大な被害を与えた。あのピッコロ大魔王の生まれ変わりをも悶絶させた、内側から開かれた扉は、特にひび割れもしていない。ひとつ板を隔てた向こうから感じるのと同じ気が、薄く木目に沿って走っているように見える。知ってか知らずか、強化されているのだ。扉の陰に隠れていた人物は、尻餅をついたピッコロを墨色の無垢な瞳で観賞していた。
 その、小動物のように、扉から顔を出したいきものの、気。ピッコロは己が長雨にぬかるんだ泥に、尻から溶けてしまうのではないかと夢想する。神龍を万の数集め見下ろさせたら、このような威圧感を醸し出すのではないか。それほどまでの超絶たる気は、信じがたいことに、ようやく掴まり立ちをして万雷の拍手を親族から駆り集めしめた、一歳にも満たない幼児が発しているものなのだ。
「おじさん、だあれ?」
 甘い甘い乳臭い声で、ペンギンのように少し尖った小さな朱唇が問う。吹き飛ばしてやろうかと頭の隅に過ぎらせ、次の瞬間ピッコロは見も世も無く震え上がった。圧力。万の、いや億の龍が一斉に牙を剥いた気配。敵意を見せれば気付きもしないうちに、ピッコロは蒸気となり湿度計の針を僅かに進めることだろう。相手方がひたすら待つつもりの様子を察した彼は、ひとまず自己紹介をする。
「・・・俺は、ピッコロだ」
「ぼく、そんごはんです。おとうさんの、おともだち、ですか?」
 既に敬語をマスターしていることに普通の地球人ならば驚愕するところだが、生まれ出ですぐに立ち上がり復讐宣言をかましたピッコロにとって、その辺りは突っ込みどころではなかった。河に豪快に突っ込んだかのようなずぶ濡れの体は、何割か冷や汗の水分を含んでいる。がくがくと震える手足を心中で一喝し、なんとかこの場から逃れようとするも、手足は泥沼じみた地に深く溝を刻むだけに留まった。完璧に腰が抜けている。
 理由は不明。それでも、このままでは赤子に首を捻られて殺される。ピッコロは萎縮した体の芯を太らせるイメージを思い描く。徐々にバランスの壊れた気が、元のかたちへと戻る。
「まって、おじさん!」
 逃走ではなく転進せんと飛び立ちかけたピッコロの、足先を幼児ははっしと掴んだ。あれよあれよと引き戻され、ピッコロは再び臀部でしたたかに泥水を跳ね上げる。同時にバランスを崩した小さな体が、水溜りに顔から滑り込んだ。びえええと泣き出す声は、ピッコロに三途の川を見せるほどの音撃だった。閻魔の赤ら顔を見た気がしたピッコロは、
「泣きやまんと首の骨をへし折るぞ!」
 叫んだ。若さゆえの怒声であった。幼児は喉を鳴らしてしゃくり上げた。怪獣の子供が掴む己の足先と、下膨れの泥だらけの顔を見比べながら、ピッコロは怒りを抑えて問いかける。
「何だ。何か用か!」
「うん、おじさんボクのおともだちになって!」
「誰が誰の何になれと?貴様ふざけたことを言いやがって・・・ガキだからといって俺が・・・手加減すると思うなよ・・・」
「なあに?きこえません」
「貴様・・・」
「だっておじさんボクがうまれたとき、まどのそとで、みてたでしょう?それからもずーっとみていてくれました。きっとおじさんは、ぼくがだいじなんです」
「す、凄まじい論理の飛躍だな・・・!これが孫の血か・・・?いいか、貴様。俺はピッコロ大魔王で貴様の父親を殺・・・」
「きさまじゃないです。ごはんです。ボク、そんごはん。ちゃんとかけるんですよ」
 パンチドランカー状態のピッコロに、えへへと幼児は笑いかけ、よいしょっと声を掛けると腹の上に乗り上げた。濡れ大魔王の胸元は泥と雨で汚れている。そこに紅葉のてのひらの指が、孫悟飯、と克明に文字を刻みつける。ピッコロは手の中でいつの間にか作られていた泥団子を悟飯の顔にぶつけたくなる気持ちを必死に抑えながら、辛うじて聞こえる音量で、おじさんはやめろ、と言った。
 それが、ピッコロと孫悟飯の出会いであった。



 ラディッツはサイヤ人の下級戦士である。自慢はストレスにも負けず育った豊かな毛髪と、宝籤を引く確立よりも低い生存という当たり籤を引いた運の良さだった。ただ彼は多少他のサイヤ人よりは情のある人間だったので、弟自慢もそこに加わればいいんじゃないかなと思っていた。ただし自分よりも少し弱くあればの話である。
 カカロットはそろそろ現地人を殺戮しつくしているところか。ラディッツは大宇宙の宝石と呼ぶに相応しい、美しき青い地球に降り立ち深呼吸をした。体も軽い、空気も美味い、これはリゾート地にぴったりだと考えながらも、設備投資にいくら掛かるか、土壌はこのままでいいから建築費だけで済むだろうか、と計算する辺り、彼も大人になったものだ。親父が聞けば喜んだ、かもしれない。
 途中で昆虫の宝石ヘラクレスオオカブトと出会い、あまりのときめきにポケットに突っ込んだりしながら、スカウターで我が弟を探す。もぞもぞするポケットに気を取られていたので、彼は目的地に居るいきものの一人が、ゼロが二つ三つ多い戦闘能力を有していることに気付かなかった。

「おう、オラの子だ!」
 迫り来る親族の対面を秒読みにしながらも、悟空は息子の紹介に勤しんでいた。はにかみながらも正式な礼をする、尻尾の生えた御令息に挨拶を返したカメハウスの面々は、背後でやたらと存在を主張する長身に息を呑んだ。その緑色、ターバン、紫の胴衣、白いマント。マメ科の植物のような色合いには、散々悲鳴を上げさせられたものだ。忘れようはずもない、大魔王。全員が泡をもりもり食うのを尻目に、悟空はからからと笑った。
「でえじょうぶだ。ピッコロは悟飯の、師匠みてえなもんだ。ピッコロはすげえぞ、今じゃ悟飯よりも勉強出来んだ。悟飯だってじゅにあはいすくーるの勉強してんのに、もうほーかのかれっじのベンキョーしてるとかなんとかって」
「べんきょう?」
 ブルマが素っ頓狂な声を上げる。注目されたピッコロは世界が滅んだような仏頂面を崩さない。代わりにとばかりに悟飯が説明をした。生後一年未満のときに運命的に出会った緑の師匠は、あまりの力を持て余す悟飯に力の抑え方を教えてくれたひとであり、現在は勉強をも教えてくれているのだ、と。
 小さな身に余るエネルギーを備え産まれてきた悟飯に必要なのは、やはり力を乗りこなすための手綱だった。鍛え上げられた肉体と鋼鉄の精神力。最初は父親が役を買って出たのだが、悟空に説明をさせると一から十まで擬音を発するばかりで、彼はモノを教えるには未熟すぎるという結論に落ち着いた。その点、ピッコロが無理やり取らされた教鞭は、胸の空くようないい音を立てた。ピッコロは的確な状況把握に優れていた。だいたい悟飯が泣いた時は、ピッコロを与えれば泣き止むと、幾度もの愛息と大魔王のやりとりで知っていた孫家の面々である。哀れ大魔王が師匠という名の専属教師の座を押し付けられるのに、さほど時間は必要なかった。パオズ山の裏で二人は修行に勤しんだ。悟飯の破壊の力をなんとか制御できるよう教え込んだピッコロは、猛獣使いの才能があると評価されるべきだった。もう知らんと、悟空への復讐も後回しにピッコロが飛び去りかけたのは、丁度彼の誕生日だった。その日、山のような参考書や専門書がチチからプレゼントされた。一人で延々と勉強をするのは精神的な向上に欠ける可能性があるというのがチチの主張だった。
 そして、体育専門の専属教師は教科オールマイティの家庭教師へとジョブチェンジを遂げる。
 ブルマは大変貌ビフォアアフターの波乱の三年間を口を開けて聞いていたが、綺麗な緑の髪をかき上げて言った。
「へ、へえー・・・ピッコロ大魔王が大人しくなったのも、孫くんの子供が今ジュニアハイの勉強してるってのも信じられないけど、そ、そんなに強いの?その、おちびな子」
「よーしお兄さんと腕相撲してみるか、悟飯?」
 クリリンが若い顔に好々爺の笑顔を浮かべ、悟飯の前にしゃがみ込む。砂浜に腹ばいになった二人が手を合わせ、亀仙人が掛け声を掛けると、衝撃波が全員の体を襲った。椰子の木がタンポポのようにしなる。吹っ飛ばされた全員を体に抱きとめた悟空と、悟飯を猫の子持ちしたピッコロが、同時に言った。これでわかったろ、と。
 こりゃすげえ。そんな言葉しか出てこない面々の前に、ラディッツが現れたのは、飛んで火に入る何とやらだったと言える。
「お、おい、カカロット、お前スカウター持ってないか?俺の今いきなり爆発しちまったんだけどさ・・・つうかまだ地球征服してないのかお前!何十年かかってるんだよ、虫取りに励んでた口か?そんなんじゃ親父だって」
「あのさ、まずおめえ、誰だ。あと、」
 バカンス気分で熱帯の昆虫をいろいろと採取していたラディッツのポケットは、混沌として膨らんでいた。黒光りする一本角や二本角、たまに極彩色の羽が飛び出ていたりする。クリリンはあーあといった顔をしていた。きっとやっちまった記憶があるのだろう。ブルマは露骨に嫌そうに口許を引き攣らせている。悟空は何か声が聞こえるのか、眉間に深い深い皺を寄せて怒った。
「そのポッケん中な。みんな苦しそうだから出してやれよ」
「お前兄貴に向かってそういう口のききかたどうかと思うぞ」
「オラ兄貴なんていねえぞ」
「遺伝子解析すれば分かるだろ。いや頭見れば分かるだろ。お前はこの地球の人間じゃない。サイヤ人だ」
「あの、地球征服するんですか?」
 驚くべきルーツを語っているところに、尻尾をふにふにと揺らした子供が、てとてととラディッツの足元に駆け寄った。ラディッツは判断する。この子供は、純粋なサイヤ人ではない。恐らくこの星の人間とカカロットが作った子供。つまりカカロットは地球の人間に懐柔されたと言うことだ。
「そうだな。カカロットがしないなら、俺がやるしかないだろう」
「おじさん、ヘラクレスオオカブトくださいませんか?ううん、そのポッケの中のもの、全部下さい」
 いきなりカツアゲ発言をされた叔父は、耳を疑う。先程の問いとどこが繋がるのだろうか。何故か緑の肌をした人間が、哀れむような眼差しを送ってくるのが気になる。
「これは俺が捕まえたもんだからな、やらんぞ」
「許してあげます」
「あ?」
「ポケットの虫さんたち、全部出したら、許してあげるって言ってるんです」
 ラディッツの髪が逆立った。黒髪の超サイヤ人といったところか。下から間欠泉のように吹き上げられる暴君のごとき気が、ラディッツの疑問を全て食い尽くす。ベジータどころか、フリーザ様など目じゃない。ちらりと目にしたことのある、フリーザの種族全員が束になったとて、鼻息だけで吹き飛ばされる。そんな予想が容易につく、強さ。スカウターがなくとも、気を察せずとも、分かる。生物としてのランクの違いだ。
「ね、ピッコロさん」
 棒立ちになったラディッツから目を離し、目線だけで師を呼び寄せた悟飯は、足元に片膝を付いた彼の腿に可愛らしく座った。全く愛らしい仕草だった。白く、綺麗な桃色が吹き付けられたような頬が、ピッコロの項垂れた首筋に擦り付けられる。
「このひと、どうしましょう」
「・・・お前の好きにしろ」
 王子と騎士の如きかたちは、恐らく常日頃から見られているに違いない。証拠に悟空はどこ吹く風といった顔で、既にカメハウスに進入し食料を食い荒らしている。クリリンとブルマと亀仙人は、侵略者と最強の子供、大魔王、そして英雄の動向をはらはらしつつ見守る。緊張感の勝る方で、何かしらのやりとりがあったらしいが、悟飯の声が小さすぎてよく聞き取れない。ブルマがそうっと近寄ると、ラディッツが泣きながらポケットの中のものを取り出し始めた。その中には澄んだ黄金色をしたアトロプス(80o)もいた。山となった六本足の生き物たちを眺め、そして叔父を見上げると、悟飯はにっこりと笑って言った。
「ジャンプしてください?」
 最後のヘラクレスオオカブトが甥の手に渡ると、ラディッツは砂浜に崩れ落ち男泣きに泣いた。



 ベジータはすごい血統の戦士である。それでも、通信機から聞こえるルカヌスアロトプスメソトプスブリードとかいう呪文は解読できなかった。ただ、ラディッツが何かしらに負けたことだけは理解できた。彼は地球への一年間の旅を決行し、町をひとつ滅ぼしたりしながら、強い気の持ち主へと方向を定めた。何故かスカウターに映る数値が万単位のものがあったのだが、いつもの故障だと諦める。
 かくして荒野に降り立ったベジータとナッパは、黄色いヘルメットと白いタンクトップ、ニッカボッカでシャベルを持ったラディッツと出会うことになる。
「おーベジータとナッパ。聞いてくれよ、こんなとこに桜レンタルとか馬鹿だよなあ」
「何故貴様は地球の緑化に貢献しているのだ・・・?商品価値を上げるためか・・・?」
「いや、食うため」
 あっけらかんと言い、ラディッツはぶつぶつと、もうすぐ来るしな少しくらい突貫工事でもいいか美味いアテと酒がなかったら泣くぞ、などと呪文を唱えている。それが召還の言葉だったのか、次々と人影が飛来し始めた。
「よお、頑張ってんなあ!」
「てめえ手伝えよカカロット」
「ありがとなー」
 悟空はシャベルの腹で土を盛り、根っこを叩いている兄に手を振ると、続々とやってきた仲間たちが青いシートを引き、重箱タワーを作る様を満足げに眺めている。荒野に一本の枝垂れ桜。なかなかシュールな画だ。
「・・・おい貴様ら、俺たちが何をしに来たか分かっていないようだな」
「やだ、また二人増えたの?お弁当足りるかしら。孫くんとお兄さんだって二十人分は食べるのに」
「僕のお弁当、少し分けましょうか?」
「悟飯くんは優しいわねえ。ヤムチャも少し分けなさいよ」
 ブルマに奪われた重箱への未練に、怒り心頭のヤムチャへ、プーアルが自分の分の弁当を押し付ける。そしてチャオズとプーアルと悟飯の三名が楽しそうに、次々に正体を現す弁当を観賞し、感嘆の声を上げ始めた。ちみっこパラダイスである。ヤムチャと天津飯とピッコロの、一応常識人組は、ベジータとナッパを見据える。
「というわけで、今は花見だ。働かざるもの食うべからずだ。桜の一本でも持ってこないと、弁当はやれんぞ」
 ヤムチャの鼻で笑う仕草に、ベジータが青筋を立てる。ナッパも習ったようにいきり立った。気を燃え立たせる彼らに怯みながらも、どこか戦士たちは呑気である。何故なら。
「ごはんたべるときは、静かにしなきゃ駄目ですよお」
 本心から困った顔をした悟飯が、目に追えない速さで箸を持ったまま、ナッパの顎を蹴り上げた。巨体の胸を手で突き放すと、今度はベジータの額に、真っ直ぐに靴底をぶつける。土煙を眺めながら、ラディッツが呟いた。
「メシ食うの、諦めようかなあ・・・」
「ピッコロさん、手加減しました。褒めてくださいっ」
「そうか」
 悟飯はこちらが食うものではない。こちらを食うものだ。お揃いの魔胴衣を着込んだ彼らが、頑張って植えた桜の木の下にふたりしけこむのを確認し、ラディッツはヘルメットを外した。そろそろ宴会に入ってもよかろうと判断したのだ。
「ねえピッコロさん、食べさせてくれませんか?あんまり食欲がなくて・・・」
「最近稽古をしていないからだろう。体の調子が狂っているんじゃないか?」
 どうでもいい話ではあるが。ラディッツは遠い目をする。
 昔の、そうラディッツをこらしめた辺りの悟飯は苛虐的と言ってもいいほどの言動を繰り返していた。子供の外見らしい甘えを見せ始めたのはいつからだったか。
 そもそも悟飯のアルティメットサディスティック生物度が急降下したのは、ナメック星人がお役御免とばかりに去ろうとしたときだ。ハイスクールの過程をマスターした弟子に、師は言った。もう俺が教えることは何もなく、孫悟空を憎む心も少なくなってしまった。ここにいる必要は何一つない。その台詞を聞いていたのはラディッツとピッコロの二人だったのだが、数秒後の惨劇はどちらも忘れはしないだろう。地殻変動を起こすほどに地を揺らし、竜巻を起こし、悟飯の激情は紫の血を浴びるほどに荒れ狂った。それでもピッコロは答えを変えなかった。去ろうとする背に向かって、悟飯は泣いた。わんわんと泣いた。結果、ピッコロは振り向いた。馬鹿め、とラディッツは弟の重箱のかぶらを奪いながら思う。あれで、賢い幼子は学習してしまったのだ。泣いて甘えて縋れば良いのだと。師としては最低レベルの対応だった、と、ラディッツは思う。
「ちょっと何すんだよ、オラのばっか食うなよう」
 まあいいか。ラディッツはささやかな弟いじめをしながら思う。情とは面倒くさいもの。されど愛しいものだ。立ち上がり、靴を履くと、呆然と荒野に転がった仲間に向けて漆塗りの重箱を差し出す。
「ベジータ、ナッパ、俺の弁当、食うか?」
 ちらちらと満開の桜が笑いを乗せて舞い降りる。ベジータは花びらを一枚掴むと、そんなもん食えるかと諦めの悪い言葉を吐き出した。彼らをよそに、悟飯は小さく叫ぶ。
「あっ、ピッコロさん。スープ零しちゃいました・・・」
「早く脱ぎやがれ。着替えは俺が出してやる」
「痒いです、このままじゃかぶれちゃうかも・・・お腹の下だから、うーん、べろも届きません」
 チッ。俺が舐めてやるしかないのか。そんな台詞を不幸にも聞いてしまった参加者は、揃って心の耳栓をした。
 五、六年後には、既成事実が作られるに違いない気がする。間違いなく、悟飯は何かを狙っている。
 最強究極の子供が望んだのが大魔王の生まれ変わり、という辺りに、皆何かを感じるところがあるに違いなかった。彼らが放置を決め込むのもその辺りに理由があるのかもしれない。
 まあ、壊れはしないだろう。
 そんな楽しい仲間たちが酒宴を繰り広げ、荒野は瑞々しい桜の花びらで潤っていく。
 花が綺麗だ酒肴が美味い。世界は今日も美しかった。
 数時間後には、サイヤ人たちが桜を担ぎ、元の場所に戻す光景が見受けられるに違いない。

 

おわり

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何故かおじさんが八割を占めました。(緑のおじさんと叔父ちゃん)

リクエストは
「強くてニューゲーム」ならぬ「最初からアルティメット」
でした。

この魔師弟は爛れる気がします。あるまじき耽美な未来が見える。
リクエストありがとうございました!