高砂や


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 天津飯の結婚式の帰り道。
 千鳥足の悟飯に何度もぶつかられながら、繁華街の車道をピッコロは歩いていた。色とりどりのネオンが舞う不夜城と呼ばれる町は、行きかう人々も丁度悟飯くらいの年頃の者が多く、ファッションに命を懸けているものも多く居た。同時にバーやクラブがあるのだろう下り階段の薄暗い闇からは、ガラの悪い青年たちが時折顔を出している。
「おい、悟飯。まだ酒は抜けんのか」
「はぁい?いえいえまだ呑めますってぇ」
「お前、式の間も天津飯の方をまるで見ていなかっただろう。相手、まさかとは思うが覚えているだろうな?」
「ええ?チャオズさん・・・ヤムチャさんでしたっけ?ランチさん、ああ、ウーロンさん?」
「何故そこでウーロンが出てくるんだ。奴は種族も性別も背丈も違いすぎるだろうが」
 いーえっ、と不夜城の万をくだらない人工灯を、すべて吹き飛ばす勢いで悟飯が叫んだ。ぶんぶんと首を振る純白の礼装の青年の頭から、先の尖った帽子が落ちかける。以前のようにドラゴンボールは乗っていない円筒状のそれを、ピッコロは仕方なくキャッチをする。酔っ払いは手に負えない。周囲の若者たちが険のある眼差しを向けてくるのが居た堪れないが、それもまた仕方ないことだ。
「種族が違ったって、性別が違ったって、背丈が違ったっていいじゃないですか!僕とピッコロさんだってサイヤ人と地球人のハーフとナメック人、雄と雄でも雌でもない人、背だって頭一個以上違いますけど!それでも結婚が出来ないわけありません。そうです」
 結婚しましょう!
 悟飯は拳を振り上げて叫んだ。
「・・・ハア?」
「結婚しましょうったら結婚しましょう!祝いの杯をめいっぱい皆と飲み干しましょう!チャイナドレス着てくださいねピッコロさん!みなさーん、僕たち結婚します、拍手お願いしまーす!」
 ピッコロが羞恥のあまり耳の先まで赤紫に染める中、悟飯はまばらな拍手を客引きやカップルから貰っていた。こいつだめだはやくなんとかしないと、とばかりにピッコロが力尽くの制止を視野に入れたところで、悟飯はそのへんの空き缶のプルタブを外し、少し熱を加えて引き伸ばすと、満面の笑顔で駆け寄ってきた。嫌な予感がしたピッコロは、持っていた帽子を悟飯の顔面に押し付けた。
「吐くならそこに吐け」
「ちょっとピッコロさん、ロマンの無いこと言わないで下さいよう。はい、ピッコロさん、お手々出してくらはい。左手でふよ」
 幸せそうに赤く顔を染めた悟飯。そういえばこうやって二人で会うのは久しぶりだ。悟飯の本業、学業の試験に次ぐ試験の連続、その後の実験やらレポートの山やらで三ヶ月は顔を合わせていなかったのだ。ピッコロは三月如きで久々だと判ずる感性に呆れながら、しぶしぶといった態で左手を差し出した。最悪喰らい付かれても、ナメックであるが故にどうにかなる。だが、ピッコロの予想に反し、そっと指に通されたのは銀色のプルタブだった。
「えへ、結婚指輪ー。婚約指輪かな?」
 悟飯は己の指にもプルタブを通すと、空に写すように持ち上げる。闇の中で凝った夜気は冷たく、銀色は遠い星の光を弾いて清く光った。おままごとじみた行動に、ピッコロの口から白い息と共に苦笑が漏れる。
「楽しいか?」
「嬉しいです。結婚式いつにしましょうかあ」
 ふらふらとまた歩き出した悟飯の首元に、ピッコロは己の体温の移った飾り房の付いた肩掛けを被せてやる。雑踏を踏みながら、あったかーいです、と妙な調子で悟飯は嬉しそうに感想を述べた。隣を歩きながら、ピッコロも、そうか、と呟く。
 穏やかな、下らなくも感じる会話を交わせるほど、すべてのものに余裕が出来た。人にも、戦士にも、町にも、地球そのものにも。ピッコロは静かで暖かな感情がわきあがるのを、さほど不快とは感じなかった。子供のような熱い手に手を取られ、ぎゅうと握られようとも。
 そう、ピッコロは。



「おはようございますピッコロさん」
 ピッコロの寝覚めが悪かった試しはない。妙にべたつく上掛けを無意識に剥がし、朝日に目を細める。と、黒い影がピッコロの視界の中で小さくなった。土下座したらしいと見て取ったピッコロは「早いな」と無難な返事を返す。
「で、なんで俺のベッドでそんなに小さくなっているんだ」
「融合された神様、あとネイルさん、未だ金銭面では頼りなくはありますが、ピッコロさんを愛する心なら誰にも負けません。決して酒の上での事故ですとか、結婚式を見て触発されたとか、そういった貧弱な理由ではないのです。何故なら僕は、齢四歳の時分からこのひとに恋情の全てを捧げ・・・」
「おいうだうだ何を言ってる。いいから早く学校に行ったらどうだ」
「学校なんて行ってる場合じゃありません!婚前交渉なんて、もうだめだ、赤ちゃんできたら出来ちゃった婚だと思われちゃう!僕こんなに我慢したのに・・・っ」
 まずい悟飯がおかしい。ピッコロは起き上がりながら痛む頭を抑えた。辺りを見回せば、雨後の筍の如く転がる酒瓶。妙に朱が主張する壁紙。広いベッド。見覚えの無い部屋だ。
「悟飯、これは・・・」
「あ、お風呂行きましょう、僕最低ですね!ピッコロさんの玉のお肌が」
「まず!」
 浮き足立った元弟子の頭を叩くと、ピッコロはベッドの上に仁王立ちになった。腕を組んで足元でめそめそする悟飯に喝を入れる。
「事情を説明しろ!言っておくが俺は何も覚えておらん!」
 その長い足の間からどろりと落ちる白いものを目撃した青年は、ぶたれた犬のような声を上げて目を覆った。



 ピッコロは。
「すっかり事態の中心からは解き放たれたお気持ちでいたんですよねえ」
 語り終わった後、頭を抱えてしまった同族を気の毒そうに眺めると、デンデは一口水を啜った。時たま悟飯の実家であるパオズ山の湧き水が食卓に供されるのだが、それがデンデは密かに好きだった。暖かな味がするのだ。きんと冷えていても攻撃的にはならないおおらかな味わいは、デンデに異種族の友人のことを思い出させてくれた。もしピッコロと悟飯が結婚すれば、きっといつも飲めるようになる。それは悟飯が今よりは神殿に訪れることを意味する。デンデはほっこりした気持ちになった。神とはみだりに欲求を口に出せないものなのだ。
「いいお話じゃないですか」
「どこがだ。俺はどちらかというと、性別で言えば悟空の方だと思うんだが、見た目」
「ですかね、分かりかねますが」
「なんで悟飯がそういう気分になれるのか、全く以って意味不明だ」
「でも、ピッコロさんはその、子作り行為をしたんですよね?」
「それを俺が覚えていないから困っている・・・」
 神の神殿においてこれほど深刻なため息が流れた例があっただろうか。デンデはおおらかに言う。
「ナメックとサイヤと地球の血が混じった素晴らしいお子さん、僕も見たいなあ」
「悟飯は雄だ。子は産めんぞ」
 ちょっとカリカリし始めたピッコロに、デンデはそれ以上のことを口に出来なかった。ただ、結婚式には行けませんから、電報だけお送りしますね、と言葉を添えた。ピッコロは何故か絶望的な目でデンデを見遣った。なんとなく見捨てたなコノヤロウとテレパシーを感じ取った気がしたのだが、にっこりとしてデンデは己の耳に手を当てた。



「あ、ピッコロさんいいところに」
 こうなったら親父とお袋に説教をかましてもらおう、チチが昏倒するかもしれないが、と考えたピッコロは、都市部ならば豪邸だろう孫家の敷地に舞い降りた。いつもながら近隣に家屋が見当たらない立地条件である。弟子が駆けてくるのは織り込み済みだ。家族全員が集まったところで、ピッコロはまず出鼻をくじかれた。
「ピッコロー、すまんかったな、悟飯がハッスルしちまったみたいでよ」
「悟飯ちゃんはそういうことする子じゃねえと思ってたけどなあ。男の子だからしょうがねえんかな、悟空さ」
「おい、まさか悟飯」
「え?ああ、報告はしましたけど。夕ごはんのとき」
「悟天にもか!筒抜けすぎるだろうが!」
 えー周りに家はないですから思いっきり喘いだって聞こえませんよーやだなーえっちーと悟飯は赤い顔で身をくねらせている。ピッコロは無視をし、机を叩いた。あくまで力を抑えることは、昔孫家と修行を重ねた三年間のうちにピッコロの脳に刻み込まれている。
「いいか、まず俺は別に気にしていない。そして、悟飯と結婚するつもりなど」
「ケッコンってのはなピッコロ。分かってねえな、してくれって言われたらハイって言わなきゃなんねえもんだ」
「お前の地方のしきたりは知らん。俺はナメック星人だ」
「ナメック系地球人ですよね?お父さんもサイヤ系地球人ですし」
「おーそうだな。オラと一緒だなピッコロ!」
 ピッコロは早々に悟空に見切りをつける。最後の砦であるチチに顔を向けた。彼女は月餅をぱくりと口に放り込むと微笑んだ。
「ん、いいべ。ピッコロさは気心も知れてるし、悟飯ちゃんの夢をきちんと知ってるだ。都会の女につかまって不良になるよりよっぽどいい・・・それにピッコロさ、食費かかんねえしな。頭もいい、体力もある、ああ理想の嫁だべ」
 ここで何故ヨメなんだと突っ込めば、ピッコロが結婚という問題を受け入れたことになってしまう。ピッコロはふるふるしながら耐えた。
「で、ピッコロさは入れるとこあるだか?子供はどうすんだ」
 どこかの国の人ならばジーザスと唱えたくなっただろう。ピッコロは思わずデンデ・・・と呟くと、ふらりと席を立った。悟飯も後に続く。

 けっこん、お嫌ですか。悟飯は崖っぷちに立ったピッコロに問いかける。時は夕暮れ。黒く塗りつぶされた森林に、熟しきった柿のような陽が落ちていく。
 師を眺めながら、なんとなく、狼みたいだな、と悟飯は思った。ひとりで佇む緑色の狼。
 酔った勢いでなければ口に出来なかった。間違いないことだ。それでも、悟飯は告げたことを後悔してはいない。
 神殿まで行かなければ会えない人。行っても、神聖なる神の坐す場は、彼を清く正しく見せるだけで、羽目を外すなど出来るはずがないのだ。悟飯はピッコロに降りてきて欲しかった。息詰まる高い場所ではなくて、刺激のある沢山の人ごみの中、悟飯の腕の中に。
「ホテルでは、実は最後までは行ってません。触ったり擦ったりはしましたけど、そこまでやったら流石に、嫌われちゃいそうで」
「俺は・・・入れるところはあるのか?」
 出し抜けに、ピッコロは言った。悟飯は石に蹴躓き、べしゃっと音を立てて地面とキスをした。真面目な声でピッコロは語っている。
「自分ではよく分からん。知りたいなら、お前がどうにかすればいい。ただし」
 ピッコロは背を向けたままだ。彼の足先は断崖に掛かっている。長身がつくる影は、悟飯の足元にまで伸びている。その影が、小さくなった。
「容易に知れるものだとは思うなよ」
 グン、とピッコロは加速を重ね、森へと突っ込んでいく。きらりと光ったのはきっと、悟飯が捧げた銀の指輪だろう。
 ああかっこいいなあ。見る間に小さくなる師の影を求め、見惚れるのをやめた悟飯は、倒れたままの姿勢で叫んだ。
「大丈夫です、僕、見るべきところは、きちんと見ましたからー!」
 黒に近い緑が連なる絨毯のような森の一部分で、爆音と共に茸状の煙が持ち上がった。

 

おわり
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乙女から下ネタへ。この急転直下が悟飯ちゃんの宿命なのでしょうか。ただし二人とも大真面目です。
リクエストどうもありがとうございました!
結婚話、四面楚歌とのことで、ピッコロさんがいつもながら振り回されました。
オチはドリフになりました。これは何オチと言うのだ。
舞空術は素敵なので多用してしまいます。