ある世界の物語


ファンタジー的パラレルです。






 牛の如き巨体の蜥蜴は、まるで翠玉の鱗を持った竜。
乾季で死んだ河を駆けるその姿に跨る勇姿も、また緑の肌を持った者であった。
防御に適さないだろう軽やかな布だけを纏う四肢は、しかし強靭さを感じさせた。手は騎獣の体長ほどもある丸い柄付きの槍を振りかざし、両足は鐙を踏みしめ腰を浮かせている。本当に浮いているのかも知れない。悟飯は呆けながら、乗り手の背にある翼を見詰めた。
「羽が生えてるよ、お父さん」
「ありゃ、ただ背負ってんだ。ガチョウとか白鳥の羽をくっつけた飾りだ。でもすげえぞ、あれが風切ると敵軍が何倍もいるみてえに鳴るんだ。あと、なんとなくあいつらがやるとドラゴンみてえに見えんだろ?神様に見えりゃ、普通はやる気失くすさ」
「でも、お父さんはやっつけたんでしょう?三年前」
悟飯を肩車した父親は近くに寄ると、絵画の黄金で形作られた縁をごんごんと叩いた。
「・・・まあなあ」
「すごいです。ずっと手こずってたナメック族を平定するなんて。きっとお父さん、ずっと語り継がれますよ」
実質、自邸の外では吟遊詩人がサイヤ人の勇者を讃える歌を入れ替わり立ち代り歌っている。
 サイヤとナメックの因縁は深かった。戦闘民族であるサイヤと農耕民族であるナメックには、領土的な問題の前に、性質的な問題が横たわっていた。拡大を求めるサイヤと現状維持を求めるナメック。彼らが均衡状態を保っていたのは、ナメックの戦闘タイプと呼ばれる戦士たちが恐ろしく強かったからだった。今回均衡が破られた理由は二つ。ナメックの戦闘タイプが僅か二人にまで激減したことと、類稀なる戦闘能力を有したサイヤ人戦士が誕生したことである。
その勇敢なる戦士はといえば、無産階級から貴族にまで格上げされたとは思えないほどの、気のない顔をしていた。
「それにあいつら、ひとりは子供だったしなあ。実際オラが戦ったのは一人だ」
「貴族の娘を娶り、子までをもうけた父親が何を言うか」
無産階級の下級戦士の分際で、王宮の賓客室にまで通される身分になり、何が不満だ。居丈高な高音で部屋を貫くのは、現在サイヤの第一位王位継承権を持つ青年の声だった。控えていた数人の使用人が一斉に頭を垂れる。数人が近付き、彼の肌に浮いた汗を拭う。
「おうベジータ」
気軽に手を上げる身軽な姿。プライドが高いと誰もが知る彼にこんなぞんざいな挨拶をしては、首と胴が泣き分かれても文句は言えない。悟飯は父親の上で目を閉じた。
「そいつが息子か、カカロット」
「おう。悟飯だ。ほれ、ベジータだぞ悟飯」
「は・・・はじめまして、僕、孫悟飯です」
もうだめだ不敬罪で殺される。そんな叫びが聞こえてきそうな幼子の姿を、ベジータは険のある目付きで上から下まで眺めると、フンと鼻を鳴らした。
「貴様の戦闘力は偶然だな。奇跡は一度だ。今のうちに金でも溜めておいた方が身の為だな」
「大丈夫だ。悟飯は学者になるらしいしな。んだろ?」
「どうでもいい話だ。カカロット、行くぞ」
「おし、じゃあ悟飯、適当にそのへん探検してていいぞ。オラとベジータは修行してくっからな」
困惑が漣のように伝染する使用人たちを一瞥すると、ベジータは「このガキは放っておけ」とどうでもよさそうに言った。そしてあれよあれよという間にドアから消えていく大人二人。彼らを呆気に取られて眺めてから、悟飯はもう一度、絵画に目線を向けた。
先程感じた神々しい雰囲気が嘘だったかのように、緑の肌の戦闘タイプのナメックは、鬼の如き形相で目を血走らせている。全身には矢が無数に突き刺さり、刀傷で騎乗している者もされている蜥蜴も傷だらけであった。
それは制圧した不思議な技術を持つ民族の門番が、破られた瞬間を描いたものだった。

 悟飯は何百もの馬舎に迷い込み飛びきりの荒馬と仲良くなったり、道行く歩哨に敬礼され父親のことを尋ねられ気恥ずかしくなったり、食道に迷い込んでパンと皮袋に入った水を貰ったりと、広大な宮殿をそれなりに楽しんでいた。
 悟飯が目指しているのは、何を隠そう後宮などではなく「図書館」だった。他民族は奴隷にするのが常のサイヤの方針だったが、知識人や技術者だけは優遇され市民として認められた。彼らが囲われているのが、宮殿の東の外れにある特別な街、通称図書館なのだという。ごく一部の貴族や騎士、王立学校の許可を得たもののみが入ることを許される悟飯にとっての憧れの地を、悟飯はずっと一目見たいと思っていたのだ。
行って、様子を眺めるだけでいいのだ。でもでも、もしとびきりの賢者と顔見知りになれたらどうしよう、と悟飯は尻尾をぱたぱたさせた。
「あれ」
 自己紹介の仕方を一生懸命考えていた悟飯は、膨らんだ頬を押さえた。いつの間にか、周囲は正規の道ではなさそうな薄暗い小道となっており、足元には雨風に晒された格子の嵌った階段があった。
子供にとって、好奇心を抑えられない香りのする階段だった。もしかしたら図書館に続いているのかもしれない。そう考えると、もう居ても立ってもいられない。
悟飯はそうっと周囲を探し、怪しげな大きなレバーを手前に引いた。思ったとおり格子は跳ね上がり、地下へと続く道が顔を見せた。
高く甘い声で感嘆すると、子供は鞠が跳ねるような足取りで苔だらけの段を深く深く降りていく。
暗闇に突き当たったところで、ずんずん水漏れの酷い洞窟を地と平行に進む。
石造りだということは、何かあるに違いない。暗い中でも見える瞳で以って悟飯は油断なく蝙蝠たちを避け、鼠を踏まないように歩いた。
ふと、奥に灯火が見えた。
誰かいるのだ。出口かもしれない。
駆け寄った悟飯が見たのは、
「・・・珍しいな。ガキ、か」
あの絵画で蜥蜴を駆って走っていたナメックとそっくりの、生き物だった。
「う、浮いてるっ!」
胡座を掻き、どう見てもじめじめとした石の床から三十センチ以上浮き上がった彼は、面倒そうにじろりと悟飯を睨み付けた。
それが、悟飯と彼の、互いが互いに掛けた最初の言葉だった。

 ナメックは手強かった。数時間押し問答を繰り返したが、彼がどういった経緯でこんなところに閉じ込められているかなど話してくれず、名すら口に上らせることはなかった。ただ、おそるおそる皮袋に入った水と、齧りかけのパンを渡すと、水だけを投げるように彼は言った。片手でキャッチをすると、じゃらりと手首に繋がった鎖が音を立てた。
とぼとぼと階段を上りながら、そういえば悟飯も自分の名前を言わなかったなと思い出していた。
 地上の空気は肺に甘かった。大きく深呼吸を繰り返す悟飯の頭を、ぽんと撫でる大きな手があった。父親だった。怒られるかと首をすくめた悟飯に、おおらかな声は言った。
「何か言ってたか?」
中に繋がれている人物をどうやら、知っているらしい。首を振ると、
「じゃあ、また来てやるといいぞ。おもしれえ話も聞けるかもしれねえ。何日かにいっぺんはオラもここ来っからよ」
「ねえお父さん、ナメックの人たちって、今宮殿の奥にある図書館に居るんでしょ?あのひと、どうしてあんなところにいるの?悪いことでもしたの?」
「そりゃあ、あいつに聞いてくれよ」
悟飯は首を傾げたものの、分かりましたと従順に頷いた。時たま怒鳴ることもあったが、彼自体は粗暴そうでも、悪そうでもなかった。また会いたい。悟飯ははじめて欲求と言うものを口にした。それを聞いて母親が卒倒しかけたときも、父親は笑って頷いてくれた。
 そうして、悟飯は雨の日も風の日も、こっそりと地下のナメックに会いに出かけた。一年が経ち、二年が経ち、今日も無言のナメックの格子の前で、ランプを傍らに勉学に悟飯は励んでいた。問題は難しかった。歴史の中の戦法がことわざになった例についての問題だった。
「パルティアン・ショットって何だっけ・・・」
「最後の一矢」
ぼそりと、湿り冷えた空気を彼の声が押し退けた。鉱物の硬さを持つ声が悟飯は好きだった。音が返ってきたことに、悟飯は純粋に喜んだ。跳ね上がって闇に同化しそうな鉄格子にしがみつく。
「わあ、喋ってくれた!嬉しいです、僕!」
「捨て台詞の意味も持つ」
「あの、僕孫悟飯です。貴方は?」
「・・・ピッコロ」
「ピッコロさん、ピッコロさんかあ!」
「お前、孫悟空の息子だろう」
「え、はい、そうです!僕のお父さんは孫・・・」
「俺はそいつを殺したいと思ってる」
悟飯はピッコロの続く言葉を待っていた。一方ピッコロははじめて戸惑うような顔をした後、何か感想はないのか、と問いかけた。
「しょうがないです。お父さんはピッコロさんの仲間をひとり殺して、子供だったピッコロさんをこんなところに閉じ込めた人だもの」
「知っていたのか」
「もうあなたに会ってから二年も経つんですよ。お父さんに聞かなくても、歌を聴いたり戦いに行ってた人の話を聞けばだいたい分かります。ナメックで戦えるタイプの人はたった二人。ひとりは、子供だった。なら、それはあなた」
そして悟飯はじっと格子越しにピッコロを見詰めた。ゆったりと尾が波を描いている。
「僕、小さい頃からドラゴンに憧れていました。ナメック人はドラゴンを生み出せる人たち。それなら、あなたたちは僕の憧れです。・・・ピッコロさんはこんな暗いところで、鎖につながれていていい人じゃないと思います」
「俺をこうやって飼い殺しにする意味を、考えたことはないのか?」
「お父さん以外に、ナメックの戦闘タイプを殺せる人がいなかったからでしょう?子供だって。でも、お父さんは子供を殺したりするのは嫌だって言った。だから」
「そのうちあの王子が殺しに来るさ」
悟飯は父親と修行に明け暮れているベジータを思い返した。確かに彼は強い。けれど、と悟飯は鉄格子を握り締める。
「ピッコロさん、僕、自分では良く知らないんです。自制心がなくなると、僕はお父さんを凌ぐくらいの強さを発揮するらしいんです。だから、もしピッコロさんを王子様が殺しに来たら、怒ってしまうかも知れない」
 いいことを思いついた。悟飯は目を輝かせた。
 物珍しい。最初感じたのは好奇心だった。ナメックの不思議な知識を教えて欲しい。その気持ちの半分は、一年経ち、二年経ち、やがて恋う心に変わった。
一緒に居たい。近くで話がしたい。触れたい。悟飯は純粋に、目線だけを合わせてきた異国人に心を寄せていた。
「僕、お願いがあるんです」
 僕を鍛えてくれませんか。悟飯はまっすぐにピッコロを見据えて教えを請う。
 決して悟飯の理性が足りないことはない。それでも、未だ幼い彼は怒りを抑えきれないことがある。父親とベジータ王子の掛け合いを見ていれば、いつか正式な闘技場でピッコロの処刑が行われることは明白だった。そのときまでに、身のうちにある力をコントロールし、どうにか悲劇を止めたい。悟飯は宮殿を後にするため己の馬に跨る瞬間、いつも願いを新たにするのだ。口に出したのは、初めてだった。
 ピッコロはしばらく考える仕草をした後、ニヤリと笑った。
「いいだろう」
 その後は、鏡に向かい合うように大きな人影と小さな人影が胡座を掻き、静謐な空気を醸し出すのが、地下牢での恒例行事となる。



 それからまた歳月が流れた。サイヤ人は爆発的に領土を広げ、実力主義の彼らの中で、孫悟空、カカロットが十番目の王位継承権を獲得したという情報が流れた。王子ベジータも悟空もそんな話には全く頓着せず、遠征に遠征を重ね、ピッコロのことなど忘れ去ってしまったかのように見えた。
 悟飯はこの初夏で十を一つ越えた。丸っこかった手足も棒のように伸び、随分と少年らしくなった。相変わらず飽きもせず、少年はピッコロの地下牢にやって来る。地下水に冷え切った空気の中、悟飯は瞑想をしていた。黒い髪を短くした面差しは、既にいっぱしの戦闘民族にも見えた。
 仇の息子を鍛えたピッコロに、思惑がなかったはずがない。
 この小さなサイヤ人は、何故かナメックを尊敬している。ならば己の手足になるよう洗脳してしまえば、地下牢から逃げ出す道具となるだろう。ピッコロはナメック最後の戦闘タイプである。幼い頃、同族のもう一人の戦闘タイプと同化したことにより、強さだけならば今でも悟空と大差ない。それでも、忌々しい鉄格子を破ることは不可能だった。面倒で面妖な、魔術が使われている類の牢であるらしい。ピッコロに胡散臭い魔術の心得は、残念ながらない。
 悟空がナメックの領土を踏んだのは、十一年前。悟飯が産まれる前のことだ。彼を見て、先達ネイルはこう称した。彼は今まで我々が撃退してきたサイヤ人とは毛色が違いそうだ。群れずに勝利する自信があるらしい。その通り、悟空とネイルは数日間二人きりで戦い、ネイルは敗れ、ナメックは一人残らず囚われの身となった。ネイルは死の直前に悟空に言った。ピッコロはまだ幼い、命は助けてくれ、と。悟空は勿論だと頷いた。彼はピッコロをそれとなく逃がした。捕まったのは、ネイルと同化した力を上手く揮えずにいたピッコロの責任である。
 それからは生活は、長かったようにも、短かったようにも思えた。子供が頻繁にやってくるようになってからは、不本意ながら時の流れが速く感じたと、ピッコロは思う。
「くくう・・・」
「何をしてる」
「ううん、そろそろ僕も強くなったし、ピッコロさんを出してあげたいと思って」
「無駄なことをするな」
時折悟飯は話を聞かない。三日に一回はこれをやる。
「いたっ!」
そして、見えない力に弾かれるのだ。ピッコロは牙を噛む。今回は酷い。手首から肘にかけて一直線に裂傷が走る。赤い血が、暗い世界に彩を深め、ぱたりと落ちる。ピッコロはすぐさま檻の隙間から手を伸ばし、細い腕を引っ張り込んだ。バランスを崩す悟飯を見もせずに、紫の長い舌で傷を舐め、血を啜る。悟飯が目を見開く。耳までが真っ赤に染まる。
「ピ・・・」
「ナメックの唾液には殺菌効果がある。俺にあるかは疑問だが、基本的に治癒能力もあるらしい」
「わわ、わ」
「だからやめろと言ったんだ。筋でも傷つけたらどうする。動かなくなるかもしれんだろうが!」
「だ、って、ピッコロさん」
「ああそうだ。俺は貴様にここを出させようとしている!だからな、今壊れられては困るんだっ」
軽く傷口に牙を添えると、イタイイタイと悟飯が泣いた。腹の底から脳髄までをも一杯にする怒りは、そう簡単に収まりそうもない。ピッコロは更に腕を引き込む。悟飯の肩が鉄格子とぶつかり合う。至近距離にある悟飯の顔に顔を寄せると、低く唸った。
「同じことをしてみろ。俺は二度と口を利かんぞ」
悟飯はすぐさま、嫌です、と叫んだ。一瞬だけ、悟飯の瞳の色が、人智を超えた高温の炎の色を宿すのを、ピッコロは目撃する。放たれるのは、もう何年も見ていない太陽の黄金。
 瞳を焼かれ目を閉じたピッコロが目にしたのは、人一人が通れるほどの大穴だった。



 いやほんとあの時はマジでびっくりした、と砕けた調子でラディッツが言った。叔父にあたる男に、悟飯は照れくさそうに茶を勧める。青年として伸びきった腕は、がっしりと筋肉が付いていた。
「だっていきなりベジータ王子のところに十一のガキが来たと思ったら、そいつが甥で、しかもナメック人を掛けて決闘してくださいとか言い出すなんて、どのサイヤ人だって考えないだろ」
「あのときは僕も混乱してて。頭の中じゃ、ずっとベジータさんと戦うシュミレーションはしてたんですけど、今じゃないだろうって思ってたんです。それが、穴開いちゃったでしょ。監視人もいなかったし、きっと物凄い自信があった牢だったんです。それが壊れちゃった。僕はバレたにちがいない、逃げてもしょうがない、って思って」
 破壊した直後、間近で悟飯の不可思議な力を浴びたピッコロも昏倒した。両手首、両足首を戒める錠と鎖を寒天のように切断し、片手で体を支えながら、残った首輪を悟飯は指で辿った。一度齧ってみた。鉄の味しかしなかった。それから悟飯は首の輪を指で摘み、ぱきんと粉々にした。焦がれてきた体はずっしりと重く、何の匂いもしなかった。そういえばナメックは性別がないらしいな。悟飯は今更ながらに考えながら、ゆったりとした足取りで階段を上り始めた。
「軍議中だったからなあ・・・誰だって驚く。しかも苦肉の策で出した英雄の親父、カカロットとの決闘に勝っちまうしな。そしたらベジータ王子も参っちまって、しょうがねえからバラガスが王位継承権三位に付けて、地方軍の長の任と一緒にナメックを添えて追い出せ、って」
「あはは、あの後ひきっきりなしに刺客が来て大変でしたよ」
 悟飯の覚醒を皮切りに、不可思議な力との縁などないかと思われていたサイヤ人の内部で、超サイヤ人と称される謎の変貌を遂げる者らが現れた。武器を用いずとも一人で千人の力を有する化け物が現れた結果、王族や貴族の中でも超化した者たちの中のいずれかを援護する方向に出始める。肥大化したサイヤの領土は陣取りゲームの様相を呈し始めた。
 その中でも悟飯は、ナメックを救出した英雄として、他民族の絶対的な支持を集めた。こうなると、サイヤの上位階級者たちは悟飯を敵対視せざるを得ない。地方に向かう馬車の中で、城の中の着任式で、風呂でベッドで舞踏会で、ありとあらゆる場所で悟飯は命を付け狙われた。
 この年まで無事に生き延びることが出来たのは、睡眠が少なくても事足り、そこらの生き物には負け知らずのピッコロが傍に居たからである。
「ピッコロさんがいなきゃ、僕はもう駄目でしたよ。不思議と毒は効かないからいいですけど、眠れないのは辛いし」
「女にも気は許せないしな」
「ああ、それは別に構いません」
にっこりと悟飯は笑って言った。冷やかすつもりだったラディッツは肩透かしを食らった気分で、本気か、と呟いた。
「俺がお前くらいの頃は・・・」
「ラディッツ。来ていたのか」
 片手に山と詰まれた書簡を抱え、領主専用の食堂に入ってきたのはピッコロだった。詰襟とゆったりとした袖、マントのように広がった裾は、この地方の民族服だろう。あ、と悟飯は立ち上がると、目で追えないほどの速さで仕事のにおいのする書簡を奪い取り、机に広げ、ピッコロに抱きついた。
「ピッコロさあん、お帰りなさい!」
「三つ目族との交渉は順調だぞ。まあ通商は上手くいきそうだ。サイヤ人の方針が替わったことも、一応飲み込んでくれた。頭がいいのが二人居てな。小さいのとでかいのが」
「あーそれならベジータさんも喜んでくれますね、ブルマさんも」
べたべたと甘えに甘える領主を持て余した様子のピッコロは、口に焼き菓子を運びかけ硬直しているラディッツに首をめぐらせた。
「首都から来たんだろう。ベジータとブルマの様子はどうだ。馬鹿貴族どもは大人しくしてるか」
「あ・・・ああ。お前たちが外の睨みを効かせてくれてるから、王子・・・おっともうすぐ王か。あの方も残党狩りに専念できたみたいだな。カカロットも一緒に」
 悟飯への刺客がぱったりと後を絶ったのは、王子ベジータの心情が変わったことによる。
 悟飯との戦いにより隠居生活を強いられた悟空が、知り合った女性。彼女と悟空とベジータは、ナメックの関係する技術について調査を行ったことがきっかけで、密接な関係を築くことになった。籍を入れないうちに子供をもうけたその女性と触れ合い、また悟空と既に深まっていた仲を腹の中で消化したことにより、ベジータの攻撃的外交は鳴りを潜めることになった。そして悟飯と手を組み、サイヤの平定を図ったのだ。
 一通り残党狩りが終わったということで、今度ベジータの戴冠式が行われる。同時に結婚も内外に宣言するらしい。
「じゃあトランクスもちゃんと子供として認められるんだ。よかったですね、ピッコロさん」
「ああ、前に国立劇場で会った賢そうな・・・」
「僕の小さい頃とどっちが賢そうでしたか?」
「それはお前だろう。早く引退できるといいな」
 引退して学者として余生を送りたい、と口にするのは、命を付けねらわれ始めた悟飯領主様の口癖である。ピッコロもそれを推奨しているが、夢が叶うのはいつになることやら。ラディッツはごそごそと懐から羊皮紙を取り出すと、一応戴冠式の内容だから、と言ってそそくさと席を立った。
「あれ、叔父さんもう行っちゃうんですか?」
「なんか甘すぎてな・・・」
「あのクッキー、ピッコロさんが作ってくれたのだから甘さ控えめなはずなのに」
「毒も入っていないはずだぞ。材料から個別に俺が仕入れたからな」
「・・・そうだ。一応伝えることがある。バラガスの旦那、忘れちゃいないだろうが」
 悟飯はピッコロの胴に回していた腕をそっと解く。忘れようはずもない。悟飯を辺境の地に追い出し、あの手この手で殺そうとしてきた貴族の一人だ。
「覚えています。たしか、一人息子がいた」
「いや、あの旦那も悪い奴じゃないんだけどな。いや悪い奴だけど。その息子に一番気を付けろって、ナッパとターレスが」
 それはどういう、と言い掛けたところで「わーいラディッツおじさんだー!」と叫ぶ子供の声がきんと全員の鼓膜を叩いた。小さな体が疾風のようにテーブルをくぐり、ラディッツの豊富な髪の毛に取り付いた。さながらおんぶお化けだ。
「ぎゃあああ、悟天、おま、いたのか!」
「えへへ、おじさんの髪の毛もっさもさー!」
「抜ける剥げる落ちる三十路の毛根なめんな!」
「おお、早速やってんなあ」
 悟空がピッコロの隣に並ぶ。お父さん、と悟飯が駆け寄る。悟飯はこの間、十八になった。貴族暮らしから一転、山奥で生活していた父親と母親を城に迎えたのは、つい先日のことだ。
「ベジータが王様になるって?」
「そうですよ。一番暗殺されやすいときです。是非守ってあげてください」
「うめえもん食えんならな。オラ腹減ったぞ」
「よし、悟飯。今日は城下の雄鶏亭でも貸し切って飯にするか」
ピッコロの呆れたような台詞に、悟飯はうええと大反発した。
「ありがたみが薄れるから駄目です!あそこで夜景を見ながら、僕ピッコロさんに・・・おっと」
「俺に何だ」
「いやいや、内緒です秘密です。僕の一世一代の大事業なんで、後でのお楽しみにしておいてください。そう、ベジータさんが無事に即位できたら」
 悟飯は父親と目を合わせ、軽く頭を下げた。そしてピッコロと腕を組むと「ささ、料理番の人にリクエストしに行きましょう」と重い扉を開いて廊下へと躍り出る。堅牢な城の中の石造りの回廊は、靴音をよく反射する。所々にある明り取りの窓を覗いて、暗闇がそこかしこに吹き溜まっていた。

 物珍しい。最初感じたのは好奇心だった。ナメックの不思議な知識を教えて欲しい。その気持ちの半分は、一年経ち、二年経ち、やがて恋う心に変わった。三年経ち、四年経ち、気持ちはすべて、焦がれる心に。十五年経った今では、請う心へと。
「ねえピッコロさん」
「どうした、悟飯」
「もし僕が学者として野宿ばっかり繰り返す、だめな大人になったとしたら、ピッコロさんはもう・・・傍に居てくれませんか?」
「お前は小さい頃から大人すぎたんだ。反動だと思って諦めるだろうな」
 ピッコロは、優しい眼差しで悟飯を見下ろし、組まれた腕をぽんと叩いた。
「傍を乞うているのは、俺の方だ」
「・・・もう!」
 おそっちゃいますよ!そんなことを叫んで、悟飯は駆け出した。広く開いた物見台から顔を出す。眼下には広大な丘陵地帯が広がっていた。湖がいくつも点在した領地では、いくつもの羊の群れ。緑の空に浮いた雲のようにも見える。
 くるりと振り向くと、悟飯は真っ赤な顔で、歩んでくるピッコロに向かって告げた。
「ねえピッコロさん、ちょっと予定より早いんですけど、僕、ピッコロさんと・・・」

 

 

END
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照さまリクエストでした。ありがとうございました。
・王室パロ
とのことでしたが、ギリギリ・・・?継承権三位くらいなら王室・・・?

王道ラノベが一本書けそうな内容を、力量がないので駆け足で必殺・まとめ風です。
ふんいきを是非感じてください。フィーリングフィーリング。似非歴史モノは楽しいです。
ピッコロさんの囚われの身をもう少しエロく書きたかったです。
ベジータが王様になったら飼われているナメックさんたちも表に出られると思います。頑張れベジータ。ピッコロさんを中央に呼び寄せたほうがいいぞ(政治的な意味で)