ステップ・アップ


 

横面に大仰にしなった腕が叩き付けられた。振り幅の大きさは破壊力を増すため以上に、僕が避けるための猶予を与えてくれたのだと思う。
それでも僕は、飛び退ることも上昇することも出来なかった。
僕は翻るマントに気を取られていた。翼を広げた白い鳥のように、体から離れて空気を孕む。所有者から捨てられ、布地が優雅に宙に浮いていられたのは一瞬だけだ。
肩当ての重量はものすごい。マントは地面が恋しいとばかりに一目散に落ちていく。
あからさまに不機嫌な顔になってピッコロさんはターバンを毟り取った。
二本の触覚を、僕は久々に見る。
触れればくにゃりと柔らかく手に馴染む、僕の知っているおおきな体の中で、いちばん脆いところ。
あのふくよかな手触りは、中華マンの皮よりも鳥の羽毛よりもきもちいい。
また触りたいなあ。せっかく一対一で修行をしてもらっているのにも関わらず、僕は熱心にそう思うのだ。
何より、意識を失ったピッコロさんが、根元のこりこりした部分と、先端の葡萄みたいにくにくにするところを摘むたびに、ひくんと瞼や喉を震わせるのが、とってもいい。
三年後に人造人間が来るらしい。そのために僕はお父さんとピッコロさんと修行をしている。勉強しながらの修行は目が回るほど忙しい。でも、窓から飛んで行かなくてもピッコロさんが傍にいるっていうのは、最初は眠れないくらい嬉しかった。僕の家とピッコロさんは、どうしたって同じところにいられないと思っていたのに。
ピッコロさんはとても頭がいい。お父さんももちろん、頭がいい。そういう頭のよさじゃなくて、ピッコロさんはたくさんのことを知っている。どうしてか聞いてみたら、ナメック星人は皆そうらしい。確かに寿命も長いし、きっと頭のつくりが凄いんだろう。高校三年生の勉強をしている僕が分からないところを聞いたら、最初はすげなく分からないと突っ返されたけれど、そのうち解法の糸口を教えてくれるようになった。たまに参考書を借りるといって僕の部屋の隅で眺めていたから、覚えてしまったんだろう。いや、覚えてくれた、のかな?
ピッコロさんが僕の戦闘能力だけじゃなく、他のところにまで興味を持ってくれるのは、ほんとうに嬉しい。
僕がピッコロさんのいろんなところに、わくわくどきどきしているから。
だから本気になって修行をした後、息をしているのが心配になるくらい深くピッコロさんが眠っているとき、僕は決死の覚悟で重い瞼を持ち上げて、ピッコロさんの体に触れるのだ。
最初は、手の爪の先。次は、緑色の肌。ピンクの肉。尖った顎。つんと尖った鼻先。そして、最終的に僕が気に入ったのは触覚だった。
「チッ・・・気が入らないならやめるぞ」
「いいえ!」
あわてて僕は叫ぶ。握った拳を親指を上にして、腰の脇で固める。
「疲れて地面に降りたらすぐ眠っちゃうくらい厳しく、お願いします!」
「・・・いい意気だ」
ピッコロさんはこうやって、たまにとても優しく数ミリだけ瞼を下げる。これが愛情表現なのだと分かった日から、僕の勉強と修行の日々には新しい何かが入り込んだ。
悪い気持ちじゃないのだ。
心臓をくすぐって、顔に血が上る、にこにこ笑い出したくなる何か。
病気じゃないことは、ブルマさん推薦の医療センターで診療してもらったから分かっている。
「お願いします、ピッコロさん!」
眼光鋭く、紫の胴衣に包まれた体が身構える。手足の長い立派な体は、僕の何倍も大きく、うっとりするほど機能的だ。
僕は纏った気を後方で爆発させ、ピッコロさんへと突進する。
ああ、あの体に僕は抱きつきたいのかもしれない。
疲れ切ってピッコロさんが寝てしまったら、そうしてみよう。今日はそうしよう。
僕は鞭のように繰り出した足が、ピッコロさんの腿でガードされ、ばちんと弾けた音に酔っていた。


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第二次性長期になれば分かるかもしれない。