天上天下 3




悟飯は亜音の速さでゆったりと飛んだ。やがてぽつぽつと広い海原に点が見えてくると、不意に高度を落とす。ただの人間ならば、急激な気圧の変化に耐え切れない落ち方だった。ただ、ピッコロならば何も言わずとも目で追い、付いてくるだろうと確信していた。
目指すのは、浅瀬の水底が透けて見えるほど清らかな海に浮かぶ、群島のひとつ。いつか十七号とピッコロが死闘を繰り広げた島にほど近い、活火山が地表の九十パーセントを占める異質な孤島だった。たびたび小規模な噴火を繰り返すそこは、灰が舞い降りるせいか高い樹木は生息していない。哺乳類も存在しなかった。
「知人が地質学者で、一度サンプルを採りに来たことがあったんです。ここは漁船も通わないし、天候も不安定だから空路も回路も危なすぎる。その点、孫悟飯ならどうにかなりますからね。でも生物学者の方が狂喜しそうな資料ばかりが採取できましたよ。閉じられた環境だからだろうな」
赤い肌の岩壁の急傾斜を跳躍しながら、悟飯は説明した。ピッコロは腕を組みながら低空飛行を続けている。
「・・・力を抑えろ、と、言わなかったか」
「抑えてるでしょう」
周囲を破壊しないように、悟飯の力は肌の内側で留め置かれている。ためしに熱した岩肌を撫でてみるが、特に変化は見られない。
「俺の状態がわからないんですか、ピッコロさん」
ピッコロは無言で、振り向いた悟飯の鋭い眼差しを受け止め、投げ返す。ガラス体の内側、視神経を通って脳までを見られている気分になり、悟飯は踏み出しかけていた足を戻した。向き合ったピッコロも傾斜に靴底を乗せた。からりとした空気に、白布が鮮やかにはためいた。
「抑え続けて、もう、俺の頭には貴方しか残っていません」
「・・・だ」
「何?」
「光栄だ、と言ったんだ」
聞こえないとは、確かにお前は究極の力を抑えたようだ、とピッコロは言った。その声は、戦いの場で挑発を仕掛ける調子とまったく同じだった。だから悟飯は眉尻に届けとばかりに吊り上がった瞳を、微かに眇める。
「どういう意味です?」
「そのままの意味に取って貰って構わん」
ピッコロは唇を吊り上げたまま、悟飯に手を伸ばす。襟首を掴み持ち上げ、ドスの効いた声で囁いた。
「するんだろう?早くしたらどうだ」
「貴方は分かっていない」
悟飯は細められた両目を、更に引き絞る。糸のように狭められた隙間から、黒色と劣情が昔のように良く混じった目が、ピッコロを捉える。
「俺が自慰するのを見てるのとは違うんだ。相応の、俺の望む反応をしてもらうことになる。嫌じゃないんですか。怖くは、ありませんか」
「あれだけ居丈高に引っ張り出してきたくせに、今更躊躇うな」
稽古中の声色で、ピッコロは叱咤する。どこまでも悟飯の側に立った言葉だった。悟飯の唇が小さくわななく。抑えてきたのは、欲情だけではない。憧れ、独占欲、敬慕の情。そして、
「俺はあなたを食べてしまいたい」
延々と、胸を塞いでいた黒い感情を、悟飯は吐き出した。
乾燥した空気に溶けた吐瀉物を追うように、目を瞬かせたピッコロは、そうか、と頷いた。それもいいだろう、と。
悟飯は身を撓めると、軽くピッコロの腰と腕を絡め取り、岩肌に押し付けた。ぐ、とピッコロが肺から空気を搾り出して呻いた。崩れた岩塊が無数に転がり落ちてくる。そのすべてを突如立ち上らせた気で粉塵と化し、悟飯は風に流した。
あなたがそうだから。
悟飯は頬を首筋に摺り寄せ、過ぎし日を回顧する。
貴方が、いつまでも、僕を、庇護すべきこどもと思ってくれているから。
「・・・俺は感謝します」
千載一遇の機会に、すべての感謝を捧げる。ただ臥していたのでは永遠に、手に入らなかった。そう言って悟飯は、ひとときでもピッコロの全てを喰らい尽くすことに腐心する。



折を見て、悟飯を犯すものが生体か、機械か見極めねばならない。そして場所がどこかもだ。
ピッコロは冷静に悟飯の掌が体を這うのを眺めている。
悟飯は未だ超化出来ずにいた頃、異常な興奮状態に陥ったことがある。フリーザの兄と戦った事件だ。あれは人造人間が来る前の出来事だから、ピッコロが神と融合する以前のことだった。今でも、あのときの悟飯に勝てるかどうか怪しいと、ピッコロは判断する。
悟飯はもともと、この恐るべき力を身に潜めていたのだ。
今やパリパリと静電気に似た力を放出させる悟飯は、究極の力を最大限に引き出された姿。本人が否定したとて、ピッコロが判断を違うはずもない。悟飯の成長を誰よりもつぶさに見詰め、放出できる力の平均値を瞬時に計算し、ぎりぎりの修行を施してやっていたピッコロだ。この力では、とピッコロは帯が地表に落ちたのを目で追う。
地球上の誰が敵うはずもあるまい。
互角以上に戦えるのは、悟空とベジータが合体した姿だろうが、彼らは相応の劣勢でなければ己の戦う機会を手放そうとはしないだろう。
「いつからだ?」
腰が空気に露出する。剥き出しになった肌に口付けていた悟飯は、軽く甘噛みを施す。むずがゆさを覚えながら、ピッコロは重ねて問いかけた。
「いつから、耐えていた。さっきの言い草では、昨日今日じゃないだろう」
「何年前だったかな。忘れました。俺にとっては長い間、貴方にとっては短い間です」
「やはり、クウラか」
「ええ。彼が、あの食事で注入されたウイルスのプログラムがは、いつか発動すると伝えてきました。たぶん、それでしょう。クッ・・・でももしかすると、これこそが俺の望みだったのかもしれない」
己への哂いが滲む告白に、ピッコロは耐え切れず、悟飯の頭に自由な左の手指を埋めた。
「お前は少し、平常心を失っているだけだ。すぐに俺が、平和に戻してやる」
「いえ、ピッコロさん」
悟飯はピッコロの下腹に指先を触れさせ、左足の内股を滑らせるようにして足首までを辿った。綺麗に亀裂が走り、筒状がただの布へと成り下がる。
「俺は小さい頃から貴方が好きだった。ただ、崇高な存在過ぎて組み敷くなんて、発想すら出来なかった。俺にとって貴方は、親しく神聖で犯すべきじゃないものだったから。でも、今となっては、あの感情の裏にあなたをめちゃくちゃにしたい気持ちがなかったかなんて、分かりません」
ピッコロは悟飯の赤い舌を眼下に見る。体外の性器の根元をくすぐるように触れられ、性交を必要としない体が震えた。
「俺の体力が尽きるまで、気絶しないほうが良いですよ。きっと貴方が気を失っている間に、俺は回復するだろうから」
「っ」
「やっぱり現実だった。綺麗なここまで記憶と寸分違わない」
立ったままのピッコロの両足を、軽く開かせ間に入った悟飯は、器用にペニスをくわえながら指先で亀裂を押し撫でる。ピッコロはぬらりとした熱い悟飯の熱に与えられるむず痒さに、くっと顎を持ち上げた。二箇所から加えられる刺激は甘く、間断なくぞくぞくとした痺れを全身に伝播させる。
「俺のためにあるような体だ・・・ね、はじめてでしょう?」
「な、にが、だ」
「ああ、二度目か。こうやっていやらしい汁を出すのは、二度目ですよね。それとも自分でしたことがあるんですか?まさか、俺以外とやったことなんてないはずだ」
ピッコロは何故か目を据わらせた悟飯に、出来るだけいつもの声を意識して答える。
「こんなことは、俺には必要ない。するわけが」
「そうですよね。お利巧です。それなら、ここに挿入されるのもはじめてだ」
遊ぶように悟飯が下肢を弄り、水音を立てる。くぷっと時折大きな音が立つのに、ピッコロは酷く困惑していた。気が集中できないのだ。悟飯の一部を興奮させている原因を除くためには、ピッコロの精査が必要不可欠だというのに。
全身が悟飯の与える何かに飲み込まれている。酸のように侵食する奈落のような甘さが、ピッコロを翻弄した。おかしい、と気付いた彼に、立ち上がった悟飯が指を差し出す。
「神様と融合した貴方なら、セックスのやり方もご存知でしょう。こうやって貴方から愛液が分泌されるっていうのは、俺を歓迎している証拠なんですよ」
目の前で親指と人差し指が離される。小さな音と共に、微かに液体が糸を引く。魅入られたようにピッコロはそれを凝視した。
「悟飯、俺は・・・そういう、実践的なことは・・・」
「そうですか。嬉しいですよ」
「おい、お前はこんなことをして、気が済むのか?」
「ご挨拶だなあ。いきなり突っ込んだっていいんですよ?でもそんなことしたら、ピッコロさんに嫌われる」
ちゅ、と音を立て、悟飯が己の指をしゃぶった。そして濡れた指でピッコロの唇を丹念に撫でる。
「ねえ、興味があるでしょう。俺のを中に入れたら、今なんか問題じゃないくらいの、意識が飛ぶような気持ちよさが味わえるんですよ。そして俺も、貴方が鳴いてくれると嬉しいから・・・ね、ピッコロさん。俺を助けると思って、おかしくなった原因なんかに気を取られないで、相手をしてもらえませんか」
頭のいい元弟子は、よく滑る舌で誘惑を掛ける。ピッコロはその舌が唇を割り、犬歯を執拗に舐めるのをひたすらに感じている。
「俺に集中して・・・僕は貴方が、とっても、好き・・・」
貴方が必要なんです。今は貴方一人が。悟飯の言葉は、ピッコロの核の部分を揺さぶった。
どこに去っても良かったのだ。貸し借りで言うなら、悟飯はナメック星でピッコロへの命の借りを返した。ピッコロは元々地球への未練など微塵もないはずだった。宇宙は広い。刺激を求めるならば、星から星へと渡り歩くほうがよほどスリリングな生活を送れるはずなのだ。
それでも地球に残ったのは、孫悟空を殺すために生まれた、憎しみだけを継承した魂に、いとしいと感じる心を芽生えさせた存在がいたからだと、神と同化し客観的に己を見ることが出来る今だからこそ、わかる。
「交合って言うのは、一番原始的な行為です。だからこそ、一番に気を許す人とするべきだ」
貴方にとってそれは俺じゃないのですか。
ピッコロはもう、何も言えない。
絶句した、無駄なもののない面を眺めた悟飯は、侵略相手を叩きのめしたときのように鋭く笑った。
そして、己のベルトを外すと、勃起した性器をピッコロの腿に擦り付けた。あまりの熱さにぎょっとするピッコロの足の間に、悟飯は再び中指を押し当て、差し入れる。きつい中を軽く探った悟飯は、やはり違う、と呟いた。
「これ、凄いですね。入り口は狭いし、中は凸凹があるし、雁首が当たるところには粒々があるし・・・もっと奥には、なんか襞みたいなのがあるんですけど、これ以上は指じゃ無理か」
指の付け根までを押し込み、水音を立てて好き勝手にかき回していた悟飯は、ピッコロが抑えた声を出していることに気付き、獣のように唸った。既にピッコロの頬には涙が伝っている。鋭い瞳は膜が掛かり、苦しげな色を刷いていた。
「っ・・・やめろ、悟飯、何だ・・・おかし、」
「気持ちよくなきゃ嘘です。ピッコロさんも、声抑えないで。これはおかしくなんかないんだ。むしろ、感じてくれたら嬉しいんです」
「しかし、まさか・・・俺にまで移ったのかッ・・・!?」
ピッコロにはそれが、妥当な推理のように思えた。熱く中が疼くのだ。息が上がり、それでも悟飯の何かを求めてやまない。貪欲な欲望が、全身の毛細血管にいたるまで充満し、駆け巡っている。恐ろしい、とはじめてピッコロは感じた。
「一度、俺が未遂だった時も、ピッコロさんは気持ち良さそうでしたよ」
さらりと言い、悟飯は手首にまで伝った愛液を眺めた。
「もしかすると、ピッコロさんにもウイルスが入ったのかもしれないですね。そう考えれば、楽になるでしょう?」
軽く笑っている膝に、敬虔な仕草で口付けると、悟飯は指を抜いた。調子外れの嬌声がピッコロの口から漏れた。荒い息を吐く彼の片足が、弟子によって抱え上げられる。無防備に空気に晒される性器を感じ、ピッコロは無意識に体を仰け反らせた。岩肌に全体重が預けられる。
「力抜いて・・・」
ぐ、と柔らかな、しかし曲がる様子もないものがピッコロに押し当てられる。何かと悟飯の顔を窺うと、そんなに可愛い顔をしないでください、と見当外れの囁きが返された。のぼせた頭で、しかし憮然とピッコロが言い返そうとすると、鋭い痛みが下肢に走った。
息も出来ないほどの圧力がかかる。命の危険を感じるほどではないが、徐々に抉られる精神的な苦痛は結構なものだった。
「ごは・・・」
「息吐いてください、受け入れて、」
「は」
「これが、俺」
悟飯の眉間にも深い皺が寄せられている。額に汗が浮かんでいるのが、すっと流れて悟飯の眉尻で止まった。これが目に入れば痛いだろう。ピッコロはぎこちなく首を伸ばすと、舌先で水球をつついた。次の瞬間、のろのろと進んでいた熱い性器が体を貫くと共に、悟飯の唇が食いついてくる。悲鳴は、口内に吸い込まれた。
「どう、ですか」
「痛い」
「すぐ慣れます」
悟飯は抱え上げた片足を持ち直すと、腰を動かし始めた。窺うように内部を擦る。すぐさま、双方から声が上がった。
悟飯はあまりに複雑な構造の内部に、今にも持っていかれそうになり。
ピッコロは、単純な棒状のものの齎す快楽に、崩れ掛けた。
「凄い、これ、嘘みたい、です・・・あ、ああ、あ」
「くぁ、悟飯、止ま、んああ!」
嫌だ、とピッコロはひたすら頭を振って理性を呼び戻そうとし、悟飯は真摯な表情で奥歯をかみ締め未知の感触を味わう。がつがつとぶつかる肉の音が、徐々に早まる。傷付いたどこかから紫の血が、内股を伝っていたが、気付くものはいなかった。
「く・・・ピッコロさん、っ」
「ア、アア、ぁ、ひ」
揺すぶられるがままになったピッコロの、口の端から唾液が零れている。浅い息を吐き出し、舌がそれを舐め取る。一連の動作に、悟飯はどうしようもなく己が高ぶるのを感じていた。それはピッコロも同じことで、雄そのものの顔をしたかつての弟子の姿に、その成熟した性器が己の中に飲み込まれていることに、倒錯した高揚を感じなかったといえば嘘になる。
互いに原始的な欲情を感じながらの、どろどろとした濃い交情は、悟飯の吐精で一度終わりを告げた。ピッコロにはそう思われた。
低い声で唸ったと思った瞬間、体の奥で熱いものがはじけた。悟飯の体が硬く緊張し、それでもゆっくりと腰を振る。ぐちゃりと大きな水音が立ち、そこでやっとピッコロにも悟飯が達したことが理解できた。
「はぁ、は、ま、満足、したか」
「んー・・・すみません、俺ばっかり、あんまり悦すぎて」
「抜、け」
「まだぜんぜんいけますよ」
確かめるように下腹を撫でると、悟飯はピッコロのペニスを撫でた。腹の間で勃ち上がったペニスは、限界にまで張り詰めている。
「出来れば俺のでイって欲しいんで、中でお願いします」
「何が」
「すぐ、分かります」
もういい、やめろ、と言いかけたピッコロの中で、再び悟飯の性器がびくりと痙攣した。再び始まった性交は、先ほどとは違いピッコロの耳を刺激した。注がれた粘液が不健全な音をひきっきりなしに上げる。
「つ、うあ・・・!」
ピッコロは閉じていた目を開く。すぐに後悔した。悟飯の黒く濡れた瞳が、まっすぐにピッコロを捉えていた。訳の分からない限界が崩れるのを、ピッコロは体で感じ取った。
「あ、――っく!」
びくびくと痙攣する体を抱きしめ、悟飯は師の表情をあまさず見ていた。張り詰めた面が解け、彼の息が落ち着き、その場に座り込んでしまうまで、ずっと。



つづきます