天上天下 1


そのうち成人向です。悟飯は結婚済み。
ピッコロさんは両性体です。
少し孫親子、カカベジ的表現があります。
劇場版のVSメタルクウラのネタバレばかりです。ご注意ください。





ミスターサタンが悟飯と二人きりで顔を合わせたのは例のないことだった。妻子や孫家、地球人の中では最高クラスの力を持つ仲間たちが、彼らの周囲を必ず取り巻いていたからだ。舅と婿の間柄で、それは必ずしも珍しいことではない。顔を合わせた途端に嫌味の応酬が始まる仲ではないのだから、むしろ悪い方ではないのだ。ただ、性質が違いすぎるという点はあれ。
サタンは温和な仕草でコーヒーカップを傾ける悟飯をじっと眺めている。第三者が見れば、国の救世主がどうして猫が毛を逆立てるような顔で相手を窺っているのかと首を捻ったことだろう。幸いサタン宅の客間には、無数のタイトル獲得を誇るサタンの写真が二人を観察しているだけだ。メイドを下がらせてしまったから、広い部屋には才女、ビーデルを挟んだ血の繋がらない義父と息子がいるのみ。
率直に言うならば、サタンは悟飯が苦手であった。何も偽ることのない気性は、名誉欲を背筋に一本通したヒーローには眩すぎた。悟飯には偽る必要がないのだ。明晰な頭脳は若くして学者様と呼ばれる地位にまで彼を導き、一度リングに立てば彼を地に叩きつけられる者などほとんどいない。礼儀正しく、情に厚く、正義感に満ち溢れる、時を止めたかのように男盛りの姿から老いを見せない、愛しい娘の夫。そして、セルゲームの真のヒーロー。
苦手で、そして、嫌うことなど出来るはずもない相手だった。
悟飯を嫌う者など、いるのだろうか。いるとしたら妬み嫉みの類であろう。サタンはそう確信していた。
娘と持った食事の席で、凛とした美しさを保ったままの彼女の面が、悲しみに染まるまでは。

『パンが産まれてから、悟飯くんがぜんぜん一緒のベッドで寝てくれないの』
『やっぱり子供を産んだら、男の人って嫌になっちゃうもの?』

星の良く見える完全個室のレストランで、娘は赤い酒の入ったグラスを震える手で呷った。きっと父相手にすら、相談することを迷い続けていたのだろう。ペースが速いと心配していたサタンは、違う意味で度肝を抜かれたのだった。
問いただせば、ここ四年間一度も交渉がないのだという。パンが三歳になるまでは、確かに初めての子供ということで、ビーデルもふと浮かぶ疑念を形にする暇がなかった。今年に入って悟飯のベッドに潜り込んでみても、抱きしめるだけで肌に触れもしない。愛しそうに悲しそうにおやすみと囁くだけなのだった。そして大抵、ビーデルが夜半に目を覚ますと、ぬくもりの消えたシーツだけが残っている。
修行をしているの、とビーデルは手を付けていない前菜のパテに涙を落とした。
雲の上のもっと上、何もない雲海の上、酸素がとても薄い夜空に身を投じるようにして、悟飯は人が変わったように吼え猛っていたと。金色の戦士となり、恐怖に舞空術が巧く操れなくなるほどの威圧感を、果てしない闇に轟々と流していたのだと。
サタンは言った。悟飯はきっと愛する家族を守るために、力の衰えのないよう鍛錬を重ねているのだ。自分と同じではないか。やはり親子となっただけのことはある。
ビーデルは答えた。違うわ。あのひとは、上手く言えないけれど、下品な話になるかもしれないけど・・・欲情を抑えきれずに修行をしているの。
私にはそれが分かる。分かるのが、辛い。
言ったきり、伏して泣き出してしまったビーデルが落ち着き、寝付くまで、豪勢な主菜を乗せたワゴンはドアの外で実直に待っていた。車を呼んだものの、子豚の丸焼きを食べる気が出ず、回りに飾ってあった見事な細工の胡瓜や南瓜をもそもそと食べ、席を後にしたのだとサタンは結び、悟飯の顔色を窺った。
悟飯はかちゃりとソーサーにカップを戻し、ふと窓の外を眺めた。花見の名の下に連日宴会が催されたのも少し前のこと、既に桜は葉桜となり、水分をたっぷりと含んだ空気に気持ちよさそうに泳いでいる。都会では窺うことは出来ないが、悟飯の実家からならば身近な山は陽炎が立たんばかりに萌え盛り、遠くの山の稜線は緑交じりの美しい青に染まっているところが見えたかもしれない。
「空の上から見るパオズ山はね、すごく綺麗なんですよ。成層圏を抜けた辺りでぽつんと見える緑が、宝石みたいで」
宇宙からの景色を語る悟飯の内心を、サタンは図りかねた。喉を鳴らし、水を一杯呷ってから、声を低くし問う。
「ご・・・悟飯君。はっきり言ってくれ。まさか、君が心変わりをしたなんてことは、ないよな?」
サタンの声は震えていた。一人娘のビーデルには、昔から何かと苦労を掛けてきたと、この年になってひしひしと思うのだ。幸せにならなければあの娘はいけないのだと、サタンは愚直に信じている。まさか未だ情を感じている夫に背を向けられるなど、あってはならないことだった。だが悟飯は言った。
「僕は彼女たちを愛していますよ」
さらりとした言葉は、遊び慣れているのではなく、むしろ遊びのいろはさえ知らない純朴な内面を強調させる。そのまま悟飯は顔を俯けた。
秀でた額をサタンは食い入るように見詰めている。この男の返答一つで運命は変わってしまうのだ。
「貴方にだったらお話してもいいかもしれない」
葉擦れの音が聞こえそうだ。サタンがあまりの沈黙の長さに脂汗を浮かべていると、悟飯は小さくそう言った。
「異種婚姻譚ってご存知ですか」
サタンが首を振ると、悟飯は、簡単に言えば異種族同士の婚姻です、と説明した。自分とビーデルをさしているのではないと言い置いて。
そして、異種婚姻譚は大抵どちらかが禁忌を犯したことによって破綻するのだとも語った。
「僕は、いけないことをした」
「せ、世間的に罪に値することかね?警察に追われるような」
「いえ。法律では裁かれることはありません。百パーセント、ありえません。けれど、わるいことをすれば罰が待っていると、僕は知らないほど自由ではなく、度量が大きくもない。ああ」
ミスターサタン、サタンさん、と男は呻くように言った。
「僕はきっと、もうビーデルには勃起しないでしょう。家庭は大事にしたい。でも・・・」
娘婿の告白に、同じ男としてサタンは事実を飲み込んだ途端、大いに慌てた。良い病院を知っていると電話を掛けそうになるサタンの手首を、対面から伸びてきた悟飯の腕が強い力で捕まえた。骨が軋み、悲鳴を上げたサタンに、慌てて悟飯が謝罪する。
「すみません、でも、もう泌尿器科と精神科の知人には個人的に診て貰ったんです。機械工学の天才の女性にも意見を伺ってきました」
「薬で、どうにかならんのか」
悟飯は席に腰を落とすと、目を閉じ、首を振った。人の良さそうな丸い瞳が、物言いたげに向けられる。
「ひとつ、昔話を聞いてもらえないでしょうか」
「なんだとう?」
「これは僕の心の中の、深いところに沈められていた事件がそもそもの原因でした。もう二十年近く前の話です。聞き苦しい部分はあるかと思いますが、貴方に知ってもらうことが必要だと、僕は思っています。先程も、僕とビーデルは酷い喧嘩をしてしまった。母さんは・・・チチのことですが、彼女は僕とビーデルの円満な家庭を望んでいます。父さんがああだから、少しでも、と。悲しませたくないんです。パンも、諍いがあると身を縮めているし・・・聡い子だから、心の傷になりはしないかと心配で」
蛇口が壊れたように悟飯は嘆いた。誰にも相談できなかったに違いない。悲痛な面差しに、サタンは神妙な顔で頷いた。ふと、神様と名乗った緑色の少年に良く似た、悟飯の師と後で知ることとなった姿が、脳裏を掠めた。父が不在ならば師に相談することは出来なかったのだろうか。成長してからは、疎遠だったのだろうか。
「話してくれるなら聞こう。ワシもビーデルの泣き顔はもう見たくない。君だってそうだろう?」
「・・・ええ」
そして悟飯は語り出す。


クウラという異星人がいた。
クウラはフリーザの兄であった。つまりコルド大王の長子であった。
彼はフリーザよりも殺戮に躊躇いのない、遊び心の足りないタイプの男だった。その分頭は切れたし、強かった。悟空ですら荷物の存在があったとはいえ、一度は死に掛けたほどの実力者だった。地球の勝利の女神は勿論悟空に微笑んだけれども。
クウラは太陽のコロナに焦がされた。死に掛けた彼を救ったのは、宇宙の漂流物質、特に宇宙船の破片等を好んで喰らう異形の「星」、ビッグゲテスターだった。ビッグゲテスターは元は一つのICチップであったものが、周囲の機械を取り込み、肥大化した惑星もどきで、有機的なエネルギーを好んでいた。惑星にアメーバのように変形した体全体で張り付き、栄養を吸い取る。動き回る生命体は、手足たるロボットに捕獲させ、体内に引きずり込み、切り刻んでやはりエネルギーとする。高度な機械惑星は、皮肉なことに原始生物のごとく己がどう成育するかに心血を注いでいた。
そんな歪な星に、クウラの脳と片目、頬の上部が組み込まれた。
クウラは瞬く間に星の首脳となり、新ナメック星を獲物に定めたのだった。
新ナメック星には、現在戦闘タイプが存在しない。異物の侵略に、長老は同胞に助けを求めた。救難信号を受け止めた神たるデンデは、すぐさま悟空たち地球の戦士に頭を下げた。人造人間と戦うための貴重な時間を割いてもらって申し訳ないことだが、このままではナメック星がどうなるか分からない、助けてほしい、と。
まさかクウラが関わっているとは思いもしない面々である。ウーロンやヤジロベーなども悟空が居れば大丈夫だと、おにぎりと沢庵を目一杯積み込み、新ナメック星に出かけたのだった。最後の戦闘タイプであったネイルと同化したピッコロも同乗した。師と父が居るならばと悟飯も勿論名乗りを上げた。クリリンが付いてきたのは、一重の彼の人の良さゆえである。
かくして五名は、意気揚々と出掛け、メタル化したクウラと衝突する羽目に陥った。
地球組の驚きは、並大抵のものではなかった。
完全に四肢を、胴体を機械化したクウラは以前の何倍もパワーアップしていた。それ以前にクウラの特選部隊、機械の兵隊たちもちょっとやそっとでは歯が立たないほどに強かった。ロボット兵たちに最終的にウーロン、ヤジロベー、クリリン、悟飯は囚われ、メタルクウラに悟空は殺されかけた。
やられる。
悟空は確信した。
が。
圧倒的な気の弾を弾いたのは、なんと悟空をライバルと定めているはずのベジータだった。
ベジータと悟空はなんとかメタルクウラを倒し、快哉を上げた。仰向けに倒れた彼らの髪は黒く戻っていた。新ナメック星の空気はビッグゲテスターに喰らわれながらも未だに清浄で、滾った闘志の残り香を宥めてくれた。気持ちが良いと言い掛けた悟空の口は、ぽっかりと開いた。憎まれ口を叩きかけたベジータも絶句した。
崖の上。一直線に、無数の金属の輝き。
メタルクウラの大群であった。
『や・・・やるしか、ねえよな』
『くそったれぇぇぇーッ!』
二人は金に髪を逆立て、無謀でしかない突撃を行い、
囚われた。
一方ただ一人自由の身であったピッコロも、悟飯を助けにビッグゲテスターの体内に侵入し、単身メタルクウラと対面していた。


孫悟空は己の限界を見たことがなかった。限界という言葉の意味も良く知らずにいた。彼が力の容器の底が見え始めているのを感じたのは、無数のパイプにエネルギーを吸い尽くされんとする時のことだった。
ビッグゲテスターは生体エネルギーを食う。幾度も死に掛けたサイヤ人二人の気は大海のごとく終わりが見えなかった。吸う端から生み出される破壊と怒り、戦闘意欲と生存本能に裏打ちされた気。クウラの生の瞳が慄き揺れるほどに、たった二個の生命体は恐ろしいほどの活力を生み出したのだ。
『だがそれももう終わる』
全方位から満遍なく響く、フリーザに良く似た声。機械音声とは思えない音に、悟空はちらりと重い片方の瞼を上げ、隣で囚われているベジータに語り掛けた。散歩しながら話しているのかと聞き間違えるほどに、悟空の声は穏やかだ。
「は・・・ははっ・・・や、べえな、ベジータよお・・・」
「気楽でいいな貴様は・・・!この俺がこうなっている以上、もう貴様に助けなど入らんのだぞ・・・!」
「ピ、ッコロとか、クリリンとか、いるじゃねえか」
『クリリンは知らんが、ピッコロとはこいつのことか?』
哄笑と共に、頭上からするすると第三の人物が吊り下ろされてきた。力なく触覚が垂れ下がっているのを見ずとも、星の惨事に対して地球人よりもサイヤ人よりも憤っていただろうナメック星人は、もう気の弾一つ撃てないことが感じ取れた。ピッコロがこれならば、クリリン以下の地球人たちは全滅、もしくは戦闘不能だろう。ベジータは小さく罵声を吐き捨てる。そして言った。
「あとは、貴様のあの切れると凄まじい、忌々しい息子だけか」
「悟飯かあ。あいつオラより強えからな」
「混血で強くなるなど、技術が発達し過ぎた弊害があったな・・・ガハッ」
ベジータは軽く咳き込み、血を吐く。サイヤ人は確立の低い妊娠、出産のステップを踏むことを繁栄の初期に捨て去っていた。より強く、短い期間で子を成すために、人工授精を選択した彼らにとって、混血など考えても見ないことだったのだ。
『混血?』
そこで、微かにエネルギーを吸い取る速度が弱まった。超化した金の髪が、生命維持のために自家発電された気でスパークする。
『サイヤ人は、血が混じると強くなるというのか。お前たちよりもか』
「少なくともオラの悟飯はオラより強えぞ。怒りで理性が吹っ飛んだ時だけだけどな。理性っつうか、いい子の部分っつうか・・・ま、そういうこった。ん?」
ゴ、と小さくパズルのピースが組みあがったような星の体内、その中枢付近の壁が揺らいだ。ここ何十年も起きていない異常に、壁の肌を無数の赤い信号が走り始める。細かな振動に、ピッコロが色の薄い瞼を持ち上げた。悟空はにいと笑い愛息の名を呼んだが、ベジータは額に汗を浮かべ震えていた。凄まじい戦闘能力だ。毛穴という毛穴から拒否することも出来ない傲慢なまでの気が流れ込んでくる。
犯されている。唐突にベジータは両目を見開いた。幼い頃尾の下に剛直を突き込まれた記憶が、唐突に想起された。憤怒でベジータの体中の血が逆流した。
罵声というよりも、咆哮。両手を握り締め、命が枯渇せんばかりに荒れ狂う力を爆発させたベジータの透明に近い金の気に、悟飯の純金そのものの気がぶつかり合い、拒絶し合い、星を滅ぼさんと膨張する。悟空もかめはめ波をそれに乗せ、バランスを崩しながらもピッコロが両手から力を搾り出した。
四つのそれぞれ微妙に色の異なる気は、猛り狂い無数の小爆発を起こしながら、あらゆる通路に浸透した。


それ以降のことを覚えている者は、四名の中で誰もいない。



悟飯は足音を忍ばせるようにして背伸びをし、リビングへと繋がる扉の覗き窓から中を窺った。無機質な、悟飯には都会風としか形容の仕様がない部屋は広く、随所に高い机や低い机が置かれていて、椅子も寝椅子座椅子ソファからスツールの類までを併せると、二十人は寛げるつくりになっている。奥まった場所にあるキッチンには電子調理器が満載で、最奥に鎮座した冷蔵庫の中身も基本の食材から珍味まで一通りそろっているものだった。おそらく旺盛な食欲を持つ三名の胃袋にかかっても、巨大冷蔵庫を食い尽くすには一月ほど掛かるに違いない。
静かにファンが天井で回る。その下には、三人の大人が思い思いの格好で時を過ごしている。
長い布張りのソファで仰向けになって眠っている悟空。
それを窓際に腰掛け、忌々しげに睨み付けるベジータ。
そして、観葉植物の隣に立ち並ぶ四列ほどの本棚の中身を、抜き取っては捲り戻す作業を繰り返しているピッコロ。
彼らの間の空気は、酷く重い。
当然だろうか。悟飯は小さな、優秀な頭で思考をする。
悟飯が怒りに我を忘れ力を放出した後、この「家」で目を覚ましてから約一日。尋常ではないシチュエーションでの、出口の見えない苛立ちは、少なくともピッコロとベジータは感じているはずだ。地球を昔、滅ぼすかと思われていた人物二名が、気鬱を感じている。
悟飯は今先程小便をしたというのにぷるりと震えてから、廊下を振り返った。四つの扉が二つずつ、白い壁に埋め込まれている。光沢のある板張りの床を真っ直ぐに進んだ先には、玄関。夜の今、鍵はきっちりと閉ざされ、サイヤ人の力を以ってしても開くことはない。
外は今、無限に広がる海底にも似た草原が、夜風にどろどろとした動きを見せていることだろう。

今朝。
つまりは、四名が「家」に押し込まれ、目覚めたときのこと。
ベジータは気が付くなり困惑し、次いで激怒した。
悟飯は、見たこともない場所でひとり眠っていたことに、シーツを掴んで軽い混乱状態にあったところだったから、室外で凄まじい気が爆発したことに驚き、思わずベッドを蹴って扉を開いた。
寝ぼけ眼の悟飯を待っていたのは、ビッグゲテスター内ではどう見てもなさそうな、悟飯が今覗いているリビングだった。一瞬前までベジータが暴れていた部屋は、見事に灰燼に帰していた。開いた口が塞がらない悟飯の目の前で、驚くべきことにじわじわと修復され始めた調度の類は、サイヤ人の王子が正しい出入り口、玄関を開け放って出て行くまでには完璧な姿を取り戻していた。ベジータの苛立たしげに残した「こんな壁一つ壊せんだと」という台詞に悟飯は目を白黒させた。試しに恐る恐る気をぶつけてみた窓ガラスは、うんともすんとも言わず、きゅうっと光を吸収したようにも見えた。
ピッコロは既に家の外に出ていたようで、ベジータと入れ替わりに悟飯の隣にやってきた。そして、悟飯の上擦った「おはようございます」に呆れた顔をした。
そこでやっと悟空が起き出してきた。悟飯は父に一生懸命に語り、ピッコロが補足をした。
クウラにエネルギーを絞られていた悟空とベジータ、クウラに殺されかけたピッコロ、ウーロンが擂り潰されようとしたところに怒りを爆発させた悟飯。その次の記憶が少なくとも、悟飯、ピッコロにはないこと。この不気味な家のこと。
悟空はうんうんと頷いていたが、聞き終わると言った。
じゃあ修行すっか、と。
こういう時、悟飯は父親に一生勝てないのではないかと思う。ピッコロも多分、そういった意味では同じことを考えている気がする。
ずっこけていたピッコロも、ターバンを直しながら、夜までにベジータが戻らなければ考えるか、と合理的な判断を下したのだった。つまりベジータを斥候と考えた訳である。クウラに一度勝てなかったからと修行を持ち出す悟空の言も確かに理に叶っている。父と師の判断が正しいと考えれば、悟飯も否やを唱える理由はない。
人造人間の来襲に備え、三人で修行をしていた日々と、あまり変わらない一日が過ぎていった。
家の外に出ていたはずのベジータが、己の部屋の扉をぶち抜く勢いで開け放ち、リビングにやってくるまでは。

悟飯はひとつ息を吐くと、そうっと扉を開き、師のもとへと歩み寄った。
「・・・何か、わかりましたか?」
「ここにあるのはろくでもない小説の類だけだ。しかもお前にはまだ早い」
「そんなことよりも、夜になると強制的にこの「家」の「部屋」に戻される原因は、まだ分からんのか!」
苛々とベジータが叫んだ。彼は確かに飛んでいたのだ。茜色の太陽が沈んだ瞬間、視界はくるりと回った。
「くそぉーっ・・・!」
ピッコロは片目だけで、立ち上がったベジータを見遣る。
「そんなところで胡坐を掻いている暇があるのなら、壁の一つも壊す力を見せてみやがれ」
「何だと、それが・・・ッ」
ベジータは額に青筋を浮かべる。ぎちりと奥歯が噛みあわされる音がした。
「出来んから言っているんだろうが!攻撃がことごとく吸収されたのを、貴様はもう見忘れたか!」
「ベジータさん、さっきも聞きましたけど、太陽が沈んだ瞬間、自分の「部屋」に戻っていたんですよね?」
悟飯は低い箪笥の上からノートを引き寄せると、ページを開いた。起こったことを漏らさず書きとめようと、ピッコロに出してもらったノートだ。
ピッコロとベジータはどうも相性が悪い。互いに当初は孫悟空を敵として見做しており、実力も追い抜き追い越されの間柄、悪の心を持ち併せているところも似ている。父を照準に合わせたライバル同士なのだろうと悟飯は認識している。ピッコロが棘々とした言動を取るのが好きではない悟飯は、たった数時間でこの二人を二人きりにしない方が良いと察していた。
「・・・何回も言ってるだろうが。今朝目が覚めたばかでかいベッドの中に、強制的に、戻されていたと!」
「瞬間移動とは違うんですよね・・・」
悟飯は鉛筆の先を舐める。何か、原因の装置があるはずだ。クウラがまだ生きているならば。
機械星の爆発の衝撃で新ナメック星とは違うどこかの星まで飛ばされ、おかしな機械に囚われてしまったという可能性も、なくはないのだが。
どちらでしょうか、とピッコロに問うと、彼は腕組みをしながら言った。
「まだどちらとも言えんな。ただ、前者であるならば、クウラがこのまま俺たちを飼い殺しにするはずがない。近いうちに何かしらのアクションがあるだろう。俺たちを殺すためのな・・・となると、何故このような手の込んだ状況を作っているかがまた問題となるが」
クウラは遊び好きに見える男ではなかった、と評すピッコロに、悟飯も同意する。
「クリリンさんたちの気も感じないし、機械の兵隊が襲ってくることもないし・・・新ナメック星の人たち、大丈夫かな、あ」
ぐうう、と神妙な顔をしていた悟飯の腹が盛大に鳴った。皆が認める成長期の悟飯の胃袋は、正確に時を刻んでいる。
呼応するようにして、胴衣を薄くした色のソファに沈んでいた悟空の腹も鳴いた。
ベジータはこめかみを引き攣らせ、ピッコロは舌打ちをする。
「ごめんなさい・・・」
小さな体が泣きそうな顔で更に身を縮める。はっとしたように目を開いてからピッコロは、空の咳を零した。
「悟飯。お前に怒ったんじゃない。孫。貴様・・・この異常事態に狸寝入りとは大した野郎だぜ」
「バレちまったか」
むっくりと起き上がった悟空の髪は、寝癖など付かない。舌を出して頭を掻いた彼は、だってオラ難しい話はよお、と言い、次いでキッチンに駆け込んで幾度か引き出しを開け閉めし、箸を人数分取り上げた。
「ま、メシ食おうぜ!話はそれからだ」
この食欲の権化だけはどうにもならんとばかりに、ピッコロは一度目尻を吊り上げる。生命の危機の前に食欲が大事とは。
そこでもう一度悟飯の腹が鳴った。照れ笑う弟子に、ピッコロは呆れた顔で問いかけた。
「・・・悟飯。何が食いたい。思い浮かべろ」
やはりピッコロは悟飯に対して甘いのだった。
差し出された緑の手を、悟飯の手が掴む。少し温度の低い師の四本指に、悟飯は一生懸命に母の得意料理を伝えようとした。五香牛肉、乾焼明蝦、魚香茄子・・・
ピッコロは無言で一番大きなテーブルに指先を向けた。悟飯の目はいつもその摩訶不思議な光景を正確に追うことが出来ない。原子を一瞬のうちに掻き集め、分解し、異なるものに再構成する能力。かみさまみたいだ、と悟飯はいつも思うのだ。
すぐに出現した、ほかほかと湯気を上げる大皿の数々に、悟空は早速手を付けている。長い箸を器用に捌き、あんの絡まった筍を口に詰め込む父の隣に腰掛け、悟飯も手を合わせてから子豚の丸焼きの皮を頬張った。
「ベジータも座れよ。うめえぞ、チチの味とおんなじだ」
「そんな気味の悪いもの食えるか」
「ご挨拶だな。あの巨大冷蔵庫にある、食べてくださいと言わんばかりの食材に手を付ける気か?」
「ピッコロ、貴様が食わんのに何故俺様が口を付ける。貴様はカカロットを憎んでいたんだろう?フン、カカロットと同じ死因など死んでもゴメンだ」
山と盛られた白米を、牛肉とピーマンの炒め物と共に掻き込んでいた悟飯は、ほかほかの米の甘さと牛肉の旨み、ピーマンの歯ごたえのよさに夢中だった。悟空はもとより聞いていない様子だ。ピッコロはマントを翻すと、乱暴に椅子に腰を下ろした。箸を掴むと、とろとろに煮込まれた角煮と大根を相次いで口の中に放り込み、咀嚼した。
「・・・んん?!」
悟飯はピッコロと同じ皿に手を伸ばしていたところだったので、その行動に大層驚いた。
「んく、ピッコロさん、ナメックの人たちって、食べなくてもいいんじゃ」
「食べなくてもいいんだ。俺たちの体には水を栄養素に変える酵素がある。だが、食べるという言葉がナメック語にあるところからも分かるだろう。固体をエネルギーに変える仕組みが体内にない訳ではない。非効率的だから普段はやらんだけだ」
「そうだったんですかあ」
「・・・」
気まずげなベジータに気付いた悟空が、口いっぱいにふかひれを詰め込みながら立ち上がった。二枚ほど琥珀色の切れ端が飛び出ている。そしてベジータの手に、米粉でつくられたどっしりとしたパンの入った籠を押し付けた。
「ん!」
「何だこれはカカロット・・・!」
「ふあーうめえー!おめえオラたちのメシ嫌なんだろ?西の都の味って違うらしいしなあ。ピッコロー、なんとかのむにえるだとか、よくわかんねえけど、ブルマんちみてえなメシ出してくれよ」
籠だけで手一杯のベジータをいいことに、悟空は次々と甘そうなジャムを固形のパンに塗りつけていく。簡素な小麦色のパレットが極彩色に染まりそうなところで、怒鳴りかけたベジータの腹が鳴った。
「座れよベジータ。オラも言わせてもらう。ピッコロに怒られちまったしな」
悟空は席に戻ると、箸を中空に持ち上げた。長いテーブルの端にわざわざベジータは移動し、悪態をつきながらパンを齧っている。
オラが見た感じだと、と山吹色の胴衣の彼は言った。
「ベジータの向かった方は、もう行かねえ方がいい」
ピッコロは既に箸を置いている。頬の赤い子供の絵が描かれた陶器の器から、水を口に含んだ。
「・・・日の出から反対の方向に向かっていたから西か。行かない方がいいとは何だ。障害物に当たったのか、バリアでも張ってあったか。正確に言え」
「よくオラにも分かんねえけど、ベジータの気は日が沈むちょっと前から、こっちに近付いてきてたんだよな」
巨大魚の香草焼きにフォークをつきたてていたベジータが、ぴくりと反応を寄越した。悟飯がことりとスープの椀を置く。
腐っても、地球に居れば四巨頭と呼ばれるべきパワーの持ち主であり、戦闘の達人である。察しの悪いはずがない。
全員が同じことを考えていた。
「つまり、その、ここは球体の・・・惑星か何かで、ベジータさんはあと一日飛んだら、帰ってきちゃったってことですか?」
悟飯がおそるおそる呟くと、そりゃわかんねえ、と悟空があっけらかんと言う。
「どう思う?ピッコロ」
「そうだな。悟飯の考えは正しいだろう。おそらくベジータは球形の惑星の反対側に到達したんだ。もしベジータのルートにこだわるなら、今度は東から行くべきというところか。それも道行きに何かあればの話だがな。踏破するだけなら意味がない」
「ならば今度は飛べばいい!」
ベジータが机を叩く。無数の皿が十センチほど飛び上がった。気性の優しい悟飯は夕食時の無粋な音に慣れていない。同じく数センチ飛び上がった弟子を視界の片隅に収めながら、ピッコロが冷静に指摘する。
「宇宙船もないのにどうするというんだ。真空状態ではサイヤ人も地球人も、俺も生きられんぞ」
「貴様は宇宙船を出せんのか!?」
「生憎だが流石の俺様も、宇宙船の構造まで完璧に把握しているわけじゃない。基本的に物を生み出す能力は龍族、俺の元の体のピッコロ大魔王の力に頼っているから、そう便利にはいかん。俺とネイルがある程度構造を知っているものでないとな。簡単なものなら、相手の思考を読み取って作れんこともないが」
これですね、と、悟飯は嬉しそうにデザートの杏仁豆腐を持ち上げている。赤い杏仁が白い固体の上で揺れている。
「そうだ。料理や建築、衣服が限度だ。機械類は恐らく、ナメックと相性が悪い」
「使えん野郎め」
「貴様の腹の中のメシ、吐き出させてやろうか」
ピッコロとベジータが火花を散らしかけたところで、割って入ったのはやはり食事が完了した悟飯だった。
ピッコロさん、と呼びかけられると、ナメック人は僅かに気まずげな顔になり、とにかく、と纏める。
「この場が平面でなく、球体、三次元であることは分かった。空は緑であることだし、新ナメック星に近い環境の付近の星かもしれん。明朝、扉が開いたら手分けして上方の捜索に出かけるぞ。俺は夜の間にこの「家」が何なのか調べさせてもらう。貴様らは精々鋭気を養え。分かっているとは思うが、クウラの手が及んでいることも頭に入れておくんだな」
元気な返事を返したのは悟飯だけだった。ベジータは斜めを向き、悟空は目を泳がせている。返事を待つことなく、ピッコロは白いマントで緑の肌を皆の視線から遮った。そのままリビングを出て行く師を、慌てて悟飯が追う。具体的な指針を示した師を、手伝えるのならば手伝いたいのだ。
大きな体と小さな体が見えなくなると、悟空は鳥骨の出っ張った部分、軟骨に噛み付いた。
「・・・ベジータ、正直どう思う」
「何がだ」
「うーん、何か嫌な感じなんだよなあ。なあベジータ、オラがもし悟飯に妙なことしかけたら、ぶっ殺しても止めてくれ」
三本の骨にまとめて噛み付いたベジータは、更に目を尖らせた。貴様を殺すことは確定事項であるのだから、言われなくとも殺してやると宣言するベジータに、悟空は頷いた。
「ありがとな」
「まだ殺していないのに何故礼を言う」
「や、おめえが来てくれて良かったなと思って」
「馬鹿が」
ベジータは吐き捨てると、王子らしからぬ音を立てて褐色の骨髄を啜った。


夜半にベジータは、リビングに水を飲みにやって来ていた。寝ているだけなのになぜか酷く疲れるのだ。久々に「あの夢」を見たせいか、とベジータは忌々しげに蛇口を捻る。手応えと共に、最大量の太さの水が雪崩落ちてきた。
水音に混じって、呻き声。
ベジータは全身の毛が逆立つのを感じる。
過去の己の力のない赤子のような悲鳴に、よく似ている高めの声は、夢の続きではないかとベジータを戦慄させた。サイヤ人は成長が早い。その少年期の終わりごろ、ベジータはクウラの弟であるフリーザの軍旗に下り、男所帯ゆえに有性生殖を行う雄に蹂躙された。組み敷かれ体内を貫かれる感覚は、どの敗北よりもベジータの誇りに傷を付けた。無論数年後、塵も残さず爆破してやったが。
絶望と恐怖と認められない快楽を、ガチョウのように詰め込まれ、肥え太らされる忌まわしさ。
あの時の声が、内からも外からも聞こえてくる。
よろめいたベジータの目に、薄い金色の気が立ち上るのが見えた。
本能が叫ぶ。あれはカカロットだ、と。
暗がりには、ハムやソーセージが散乱している。歯形が付いているものもあるから、大方奴が食い散らかしたに違いないとベジータはコンマ数秒の間に、ゆっくりと考えた。
目線は見慣れた耐久性など全くない野蛮な胴衣に吸い寄せられる。
その臀部が、忙しなく動いている。
覚えがあるとベジータは思う。
あれは股間に生殖器が付いている雄の、性交の動きだ。
「あははははははっ、きもちいいよ!」
「だろ?オラのは張り出しがすげえって、よく言われたぞ」
「僕のなんで、まだこんなに、ちっちゃいのかなあ」
「年にしちゃでけえ方だろ、もうムケてんのか、すげえなあ」
悟飯、と楽しげに悟空は言った。
ベジータは食料の上で絡み合う二つの体を呆然と見下ろしていた。
金色の頭髪の父親と、黒髪ながら先刻までの悟飯とは全く違う、恐怖を覚えるまでの戦闘能力を封じ込めた、息子。何故気付かなかったのだろうかとベジータは足を一歩後退させた。破壊されて溢れた食器が歪な音を立てる。
キッチンはおろか、リビングまでがぐちゃぐちゃに混ぜ合わされている。
性器を剥き出しにして擦り合わせている二人が、抑える気もなく力を放出しているせいだ。
「・・・違う」
小さなサイヤ人と地球人のハーフが、ベジータの深く刻まれた記憶を刺激する。命題が厳かに浮上する。
頬を上気させて笑う少年は、快楽を感じてはいなかったのだろうか。
「俺は、俺は、楽しんでなど」
「ねえねえ、僕にも入れるところあるんでしょ?おとうさんにもあるの?」
「あ・・・」
アアアアアアアッ!
ベジータは増大した畏怖を振り払うように叫んだ。それは自分の内側の、誇りに反する一部分への厭わしさであり、視覚化されている親子の未知の姿と強大な力に発していたが、彼が深くそれを分析することはなかった。
「・・・カカロットォ!貴様、先刻の自分の言を忘れたわけじゃあるまいな!」
悟空の青光りする瞳が、ふらりとベジータを捉える。一瞬のうちに超化したベジータに、悟空が限りなく顔を近付けた。腰に片腕を回されていることにベジータが気付く前に、唇が言葉を刻む。
「忘れちゃいねえさ。おめえに、オラが、頼んだことくれえは」
悟空が悟飯に何かしたら殺してくれと頼んだときに見せた表情。それは真摯なものだった。間違っても、酷薄で淫蕩にすら見える今の顔とは違う。違いすぎる。
「おめえが、悟飯の代わりしてくれるってことだろ?」
ひ、とベジータの喉が鳴った。
絶叫と共に天井どころか星ひとつ破壊しかねない気が立ち昇る。暴走した竜巻のごとき力も、しかし見事に壁に吸い込まれ消えるのだった。
父と同族の異星人の金の気の奔流をひとしきり眺めていた悟飯は、やがて飽きたように服をぽいぽいと脱ぎ捨てると、転がっていた厚いベーコンを持ち上げ、噛み付いた。
「そろそろ来てくれないかなあ」
黒髪を激しい気に後方に流されながら、悟飯は咀嚼を終えると、うっとりと呟く。
ナメック星で同族と融合してから、従順さを身に付けた師は、付け入る隙が多くなって困る。一度命を失ってから、ただでさえ悟飯に別格の生き物として相対してくるピッコロは、悟飯の目を奪ってやまない。いっそ同化してしまいたいと、ピッコロと同じ衣装を作りながら心の深い場所で悟飯は思っていた。同じ存在になってしまいたい。それが無理ならば、
「貴方が僕に、貴方の戦い方を、思想を、厳しさを、甘さを植えつけたように、僕も貴方に何かを組み込みたい。深い傷でも何でもいいから」
「・・・ご、はんっ!?」
ほどなくして、異星人である師が駆けつけてきた。
悟空、ベジータが超化し、悟飯も得体の知れないまでに気を高めては、さすがに全精力を傾けつい先ほどまで「家」の精査をしていたピッコロも、跳ね起きずにはいられなかったのだろう。悟飯が見守る中で、彼は惨状を目の当たりにし、ぎくりと動きを止めた。理性を保っている生き物は不便だ。悟飯は小さく口の端を吊り上げ、瞬時に移動し師の腿に抱きついた。
「ピッコロさん、やっぱり貴方はいちばん最初に僕の名前を呼んでくれるんですね」
「悟飯、何だ・・・何をした、何があった!?」
「べつに・・・おとうさんと一緒に、夜食を食べただけです。ちょっと興奮しちゃってるみたいで、ほら、ね」
硬くなった下肢を、悟飯は膝に擦り付けた。露骨な仕草にピッコロは牙を噛み合わせる。言っただろうこのサイヤ人共は、と彼の表情は語っている。いかにも怪しいものは口にするんじゃないと言っただろう、と。
「くるしいんです、たすけてください」
いつもの悟飯とひとつ違うのは、戦闘に相応しく吊りあがった瞳だけ。
逡巡するピッコロを、怒声が貫く。
「やめろカカロット!やめろおおっ!」
は、と首をめぐらせると、床に縫い付けられたベジータが、顔を真っ青にして暴れているところだった。小柄な体を組み敷いているのは、超化した悟空。彼と悟飯を順に見たピッコロは、無理やり口の端を持ち上げた。
「夜の間ドアは開かん・・・「家」には核らしきものも見当たらず、エネルギーは吸収されるだけ・・・おまけに悟飯と悟空はおかしくなったときたもんだ。おいベジータ、こんなことになって得をするのは何者だ?」
悟空の下にいるサイヤ人は、ピッコロの声が聞こえていないようだった。「く」と、たまらずピッコロも余裕を溶かし焦りを見せる。悟飯のいつもあどけない面は、今苛虐的な笑みを浮かべていた。己の実力に絶対の自信のある者の笑い方だ。そして、現在ピッコロにも、ベジータにも、悟飯にすら対抗する力はないものと思われた。
「くそ、見てる奴がいるんだろう!何のつもりだ、嫌がらせか!?一体誰なんだっ!」
やけくそ気味にがなり立てる。と、悟飯がくすくすと笑った。
「聞かなくても分かりますよ、ピッコロさん。きっとこの空間を操っているのはクウラです」
いとも簡単に言い当てる甘い声に、ピッコロの顔が歪む。戦況分析に自信を持つピッコロがが、汗塗れになるほどに集中し探ったというのに彼は結局のところ原因を突き止められなかったのだ。
「ちょっとだけ思考が流れ込んできました。クウラは、たぶん雑種に興味を盛ったんです」
甘やかに紫色の布を撫でながら、悟飯はピッコロに報告する。下腹を白い手が撫でるのを黙認しながら、ピッコロは問いかけた。
「雑種というのは・・・お前のことか、悟飯」
「さあ、よく分からないな。それよりピッコロさん、僕と楽しいことをしましょうよ。僕ね、聞いたんです。ナメック星人の生態について」
デンデから聞いたんです、と悟飯は繰り返した。
基本的に単為生殖で殖えるナメック星人だが、遺伝子の配列が多少違う部族の者とは、交わることもあったのだと。
ナメック星が異常気象に襲われる前は、幾つかの最長老が星を治めていたのだという。彼らの間で、毎年数名の龍族が選び出され、儀式として互いに併せ持つ雄雌の性器で順番に交合を行い、遺伝子の強化を行った。ずっと同じ配列の遺伝子を作り続けていれば、病が流行した際に全滅することもあり得る。それを避けるためだった。
選ばれる龍族は、ナメック星人らしく籤で決定されるのが常だった。
つまり、逆に言えば誰であろうと性交を行う能力があった訳だ。
「戦闘タイプは生殖自体が出来ないって聞いたときは、僕自身も気付かない深いところで、すごくがっかりしたんですけど。でも、今日の夜、ピッコロさんが言いましたよね。ピッコロさんのお父さんとピッコロさんは似ていて、お父さんは龍族だった。それから、ピッコロさんは魔法使いみたいにないところからモノを作り出せる。それって、龍族の特徴ですよね。もちろん、ピッコロさん自体は戦闘タイプだろうし、ネイルさんもそう。だから、確かめないときがすまなくなっちゃって」
悟飯は彷徨わせていた手を、男性器に触れるか触れないかのところで止めた。
「ペニスがあるのは知ってます。見たことがあるから。じゃあ、膣があるのかなあ、って」
びっくりしたように目を見開く師の脚の間に、するりと悟飯は指を忍び込ませた。布の上から指が形状を窺う。ピッコロはたまらず張り飛ばしかけた腕が、悟飯の反対の手でいとも容易に受け止められたことに、更に瞳を収縮させた。
「暴れないでください。僕も、我慢できるならしたいんです。僕の眠っていた力って、凄く傲慢で、余裕ぶってて、誰かを虫けらみたいに甚振りたくってしかたないんです。ねえピッコロさん、くるしいよ、貴方がぱんぱんに膨れた僕のこれを受け入れてくれたら、少しは楽になるかもしれないのに」
「ごは・・・」
あ、と悟飯が無邪気に顔を輝かせた。
あった、とささやく小さな唇に、ピッコロは得も言われぬ、足元に奈落の穴が開くような感覚を覚えていた。


サイヤ人の父たちが狭いキッチンで格闘をはじめたので、悟飯は獲物を担ぐと己が目覚めた部屋に向かった。
「ベジータさんがもしおとうさんに犯されたりしたら、死んじゃうかもしれないですね。サイヤ人って首を括るくらいで死ねるのかな」
暴れる体を抑えようとして、悟飯はぎゅうっと、地球人の肌の皮を剥いだような新鮮なピンクの二の腕を握る。指が寒天に食い込む簡単さで肉を貫いても、抑えた呻きが上がっても、悟飯は顔色一つ変えなかった。むしろ、興奮の色をひとつ、上塗りする。
「ピッコロさん、貴方はどうですか」
「・・・くだらんっ」
誂えたようにピッコロの長身を難なく飲み込んだベッドは、悟飯には大きく、高すぎる。目線の高さほどあるベッドに向け飛び上がり、紫に包まれた長い足の両腿に乗り上げると、悟飯は下肢の付け根にそっと両手を添えた。
「入れるのと、入れられるのと、どっちがいいですか?」
ぐるぐると、悟飯の内側で腹を減らした獣が唸りを上げている。
空腹に耐えかね、昏睡に近い状態で寝ているピッコロを起こすのも気が引けた悟飯は、既に腹いっぱいに飯を食らったのだけれど、まだ胃袋ではないどこかが空っぽなのだ。
満たすには、立派なピッコロの男性器を己の内に迎え入れ、精をたらふく喰らうか。先刻触った亀裂の中に悟飯のものを突っ込み、快楽を味わうか。
どちらでもいい気がした。どちらの感覚も、悟飯にとっては未知の感覚だ。きもちがいいに違いない。
「悟飯、お前なのか」
唐突に投げかけられた問いは、悟飯に笑みを浮かべさせた。あまりに違う弟子の言動に、ピッコロの中に偽者かもしれないという仮定が生まれないはずがない。それでも、攻撃に踏み切れないピッコロを、悟飯はいとおしく思う。五つ、無造作に開けられた穴から、紫の血液がとろとろと流れている。傷を塞ぐ気さえ抑えられている。
悟飯は手の下にある凸型の性器を軽く握った。
「ピッコロさんが答えるのが遅いから・・・ピッコロさんが痛い方がいいって、思っちゃったじゃないですか・・・」
瞳孔が見えないほどに黒く黒く染まった双眸が、攻撃性のある情欲の色を濃く混ぜた。コーヒーにクリームが混じるように、欲望は上手く少年と同化したようだった。悟飯はピッコロが頬を引き攣らせるのに、やさしく宣言した。
「いまから貴方をいただきます」
言ったが早いが、悟飯は体を伸ばすと、ピッコロの下衣の前開きの部分に指を入れ、やすやすと切り裂く。尻まで裂けた布地の中に、両足を肩の上に乗せた少年の顔が近づけられる。袋のない性器の下に、軽く引かれた一本の線。その中の、ぽつりと閉じられた穴に、悟飯は舌を伸ばした。ピッコロは声を出さない。出せないのだ。悟飯が一瞬前、鳩尾にエネルギーの塊を叩き込んだのだから。
気管をひゅうひゅうと鳴らし、丸くなった指先でシーツを掻く。綿がピッコロの苦痛を代弁するかのように、悟飯の周りに落ちる。
「ん」
ひちゃ、と唾液を絡ませた小さな舌が、穴をこじ開けるようにして触れた。無味無臭のそこは、人体のものとは思えない。シャワーを浴びても数時間で体臭が蘇るのが地球人やサイヤ人だ。
「ピッコロさんがナメック星に行っちゃわないで良かった。もし行ったら、ここを使っていたかもしれないですよね」
異常気象から蘇りかけていたナメック星人たちは、フリーザやベジータに蹂躙され数を激減させた。遺伝子の異なるピッコロは、もしかすると格好の種か畑になっていたかもしれない。
「よく、わかんないな・・・入れればいいんだけど、こんなちっちゃいんじゃ入らない」
悟飯は自分でしゃぶった指を、無造作に裂け目に入れた。爪の先で弄ると、ピッコロが小さな声を上げる。
「どう?ピッコロさん」
「かは・・・ぁ」
「分からないです」
猿の子が木によじ登る仕草で、悟飯はピッコロの下腹、胸に移動した。目線が合う。視線の定まらないピッコロの表情は、頼りなく脆そうだった。半開きの唇から、透明な唾液が伝っている。悟飯は舌の付け根で舐め取ると、あまい、と呟いた。
「ねえ、無理やり入れてもいいの?」
「ご・・・」
「僕、貴方が好きだけど、貴方の体のことなんて何にも知らないんです。教えて?知りたい。とっても知りたい」
「そんなもの、俺にも分からん」
途方に暮れた面差しで、ピッコロが呟く。本当に知らないのだろう。察したものの、増殖する仄暗い感情を抑えきれず、悟飯は背負う気を膨らませた。苛立たしげにピッコロの触覚を握り、引き寄せる。
「僕には教えられないの?これ、千切っちゃいますよ」
「っ・・・!」
ピッコロの全身が漣のように打ち震えた。悟飯は言葉を切る。そしてすぐに、掌の中にある触覚に目を落とした。
「・・・ここ」
「離、せ」
「いいんですね!」
悟飯は愛らしい色の唇を、両方に引き伸ばした。限界にまで伸ばされた口が割れ、ふっくりとした舌を覗かせて若芽のような一本に喰らいつく。先端は芯があり、周りを果実のような肉が覆っているようだった。力を入れないように歯で何度も甘噛みすると、見る間に切羽詰っていた面から、力が抜ける。意味を成さない声が上がり、全身に血の色が浮き出た。
「ぁ、あ、あ」
じゅるると唾液をすすり上げ、悟飯は情欲に潤んだ瞳でピッコロを見下ろす。いつの間にか萎えていた下肢は、いつの間にか力を取り戻している。それはピッコロにも伝播したようだった。
「あれ、ピッコロさん、勃ってますよ。僕に入れたい?」
「馬鹿を言うな、正気に戻れ、悟飯っ・・・お前は何かに操られてるんだ!」
必死だけれど、心を打つほどの台詞ではない。悟飯は無視をして、ピッコロの高い鼻に噛み付いた。片手はつるつるした触覚を摘み、揉み解す動きをしている。熱い吐息を至近距離で吸う。
「うあ・・・ん、んん、触るな、悟飯!」
「暴れないでくださいね。達磨になったピッコロさんもいいけど、出来ればいつものピッコロさんと気持ちよくなりたいんです」
そしてまたピッコロの腿を持ち上げ、悟飯は言った。
「凄い。どっちからも何か出てる。透明で、ねばついてて、んー・・・ちょっと、やっぱり甘いです」
尻まで垂れ、シーツを濡らす液体を名残惜しげにひとつ舐めると、悟飯は指を亀裂に押し当てた。今度はぬるりと第一関節までが飲み込まれる。ピッコロが腰を跳ね上げるのにも関わらず、ぐいぐいと突き入れる。粘液を含ませた道は、しかし本当に空洞になるのかと思うほどに狭い。
微かに凸凹とした内部は、地球人のものと違ったが、悟飯には比較対照がなかった。
「ここに入れたらきもちいいだろうなあ」
「やめろ悟飯、それは、違う!」
「いいじゃないですか。これ、好きな人とやることなんでしょう?」
すきなひとと。異星の言葉でも復唱するように、ピッコロが抑揚なく口を動かす。粘液を滲ませた指を、悟飯は勢い良く抜いた。凸凹した内部は指が解けてしまいそうに熱く、粘ついている。はやく繋がりたい。悟飯は息が上がるのを抑えきれない。
「ピッコロさん、大好きです・・・!」
地球人が愛の狭間に囁くのとは決定的に異なる、独善的で威圧の伴う告白だった。悟飯はピッコロの両足を強く抱え上げると、引き寄せるようにして勃起した性器の先を押し当てた。は、と、高い声が少年から上がる。
想像以上の快楽だった。
「あ、あ、す、ごい、何だろう、これ」
ぬかるんだ裂け目は、挿入に失敗する悟飯を玩ぶ。滑るのすら気持ちが良くて、悟飯は夢中で腰を振った。やめろと体を起こしかけるピッコロを、脳を揺らす勢いで気の塊をぶつけ止める。がくんと彼の頭は仰け反り、ベッドに倒れ込んだ。少しだけ申し訳なさが悟飯の胸をつついたが、今はそれどころではない。
「うあ、イ、く・・・っ!」
痙攣した若いペニスは、弾けるようにピッコロの下肢に白濁を吐き出した。幾度か放出を終えると、荒い息を吐いて悟飯は力を抜く。
「はー・・・はー・・・」
満足げな顔で前のめりに崩れた悟飯の頬に、ピッコロの屹立したままのものが当たった。不思議そうに頬に付いた体液を指で拭い、舐め取った悟飯は、そっか、と呟いた。
「すみませんピッコロさん、僕ばっかりイっちゃって。お返しに舐めますね」
「くそ、悟飯!どこでそんな知識、身に付けやがった!」
忌々しげに鋭く問う師に、弟子は口をぱっかりと開けつつ答えた。
「ピッコロさんが夕食の前に読んでた本、というか本棚全部かな。エッチな本だったでしょ?ピッコロさんは何か手がかりがないかって見てたみたいだから、僕も探してみようと思って」

『ここにあるのはろくでもない小説の類だけだ。しかもお前にはまだ早い』

「けっこう参考になりました。あはは、誰も来なくて良かったです」
ピッコロはぐうと喉を鳴らすと、頭がいいのも考え物らしいな、と吐き捨てた。僕はピッコロさんと同じくらい頭がよくなりたかっただけです、と悟飯は寂しげに言い、口の中に熱いペニスを迎え入れる。見る間に険を失うピッコロの表情は、混乱と躊躇と快楽が入り混じっていて、悟飯の目を大層楽しませた。







つづきます